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牙研ぐダイヤモンド(19)

【グスタフッ!】


 匂いで辛うじて息子だと判別できる異形に、ボンドは堪らず咆哮する。

 長い長い地下水道を抜けた先に広がっていたのは、どこか陰鬱とした灰色の景色。だが、恐ろしいほどにカラリと空気が整えられた空間は、明らかに地下水道の延長上にある設備ではないだろう。なにせ、グリード達が辿り着いた広間の中央に据えられているのは、下水処理をしているとは思えない程に透明な水溶液に満たされた試験槽。そして……試験槽で丸くなってコンコンと眠っているのは、巨大な竜神だった。


「ボンド、待ってください! あなたの足はまだ……」

【ダイ、ジョウブ。スコしくらい、アルける……】


 しかし、気丈に応じてグリードの腕の中から歩き出したまでは良かったものの。もう1人の異形の存在を認めて、ボンドの歩みがぴたりと止まる。そんな健気なドーベルマンの様子に……少しばかり、気を良くしたのだろう。凶暴な顔立ちさえも器用に柔らかくして見せては、ワニもどきの怪物が飛び込み参加のゲストにも応じる。


「これはなんて、素敵なんだろうね! ラウールさん……じゃなかった。今はグリードって呼んだ方がいいのかな? 分かる? 僕だよ、僕!」

「まさか……その声はアレン様、ですか……?」


 自分に突進してくるギュスターヴらしき怪物の攻撃を、易々と躱しながらアレンであるらしい化け物がふふっと、さも上品に口元だけで笑ってみせる。しかし、その姿形があまりに「とある者達」にソックリなものだから……いよいよ、アレンは人を捨ててしまったのだと、グリードは悟っていた。


「そう、ですか。アレン様はとうとう、()()()()()()にたどり着いてしまったのですね」

「そういう事になるかな? あぁ、もしかして……グリード君は僕がどんな状態かも、分かるんだ?」

「えぇ、それなりに。ロンバルディア王族がどんな一族なのかは、知らされていますから」


《ロンバルディア王族は正統な支配者の血を引いていると同時に、古代天竜人の血統さえも色濃く残す一族》


 ルサンシーが明かした「向こう側の真実」の中には、確かに彼らの派生に関する情報もあった。そして、天竜人の血を引いている存在だからこそ、原初のカケラでもあったニュアジュが目をつけたのだし……彼女の悲願の1つには、ご主人様を復元するという目的が含まれているとも、グリードは知らされてもいたのだ。


「それはそうと、ちょっと手伝ってくれない? グリード君。……こいつ、意外と手強くて」

「お話は決着の後で……という事でしょうか?」


 手強いという割には、軽やかに攻撃を避けているようにも見えるが。アレン曰く、彼は既に自分達の知るグスタフでもなければ、彼は決して楽観視できる状況にもないらしい。と、言うのも……。


「ハールちゃん、これって、もしかして……」

「うむ。あの時の奴と一緒の状態だろうな。きっと、仕込まれていた核石に取り込まれて……悪魔になってしまったのだろうよ」

「なるほど。グスタフの体は、例の悪魔憑きと同じ原理で出来ていたという事ですか。であれば、こいつも効果抜群だと思いますが……」


 そうして、切り札でもある拘束銃を取り出してみるものの。へたり込んでいる愛犬の様子を見て、躊躇なく閃光の拘束を与えられる程までには、グリードも冷酷ではない。そうしてグリードが手札を切る、切らないの瀬戸際で悩んでいると……判断材料を与えてやりましょうと、当の悪魔から悍ましい誘いが降ってくる。しかし、その声は彼らが知っているギュスターヴの甘い声ではなく、しゃがれた老女のものだった。


【ふふ……こんなトコロで、あなたにサイカイできるなんてね。しかも、ニクたらしいコムスメもイッショだなんて! なんて、コウツゴウなのかしら⁉︎】

「うん? 俺はあなたとお知り合いの記憶はありませんが……クリムゾンには心当たり、あります?」

「さ、さぁ……私の知り合いに、それらしいお婆さんはいなかったかと……」

【おバアさんですって⁉︎ な、なんて、シツレイな! ワタクシはエリーメルダ・グリクァルツでしてよ! おマエタチのせいで……】

「グリクァルツ……あぁ! 思い出しました! 元・ロツァネル領主の能無し貴族でしたっけ?」

【ノッ、ノウナしッ⁉︎ うぐぐ……ムキーッ! これだから、ウスギタナいドロボウはイヤなのです! ワタシタチはソンザイそのものがコウキなの! いるだけで、カチのあるシホウそのものなのですわ! オナじクウキをスえるだけでも、アリガたいとおオモいなさいッ!】

「……なんでしょうね。ここまで落ちぶれている状況で、至宝だなんて()()されても、説得力は皆無ですけど。……どうします、ボンド。とりあえず……」

【……グスタフはどこにやった、エリーメルダとやら】

「ボンド……?」


 グリードがさも滑稽とエリーを小馬鹿にしている一方で、何かの闘志に火が点いたらしい。見ればボンドはまだ全快ではないはずの足で立ち上がっては、獰猛な唸り声を上げている。


【グスタフ……どこにいる、エリーメルダ。グスタフは……】

「あぁ、あのコシヌけですか? うふふ……もちろん、クいアらしてやりましたわ。アレにマカセておいても、フクシュウできませんもの。ワタシは、リヨウカチのないアイテはキラいですの】

【……そう、か。グスタフ……おマエがコロしたんだな……? グルルル……ッ‼︎】

「ボンド、落ち着いて! それ以上はダメです! いくら、あなたの性質量が低いと言っても……!」


 これ以上の刺激は、自我を捨てることに直結する。それ以上の無茶は、肉体の限界を超えることに他ならない。

 だが、グリードの静止など聞く耳持たぬと……痛みさえ忘れたように、ボンドが治りかけの4つ足で床を蹴る。そうして……。


【ガルルルッ……! グルルルァッ‼︎ ユルさない、ユルさない、ユルさない……ユルさないッ‼︎】

【こ、この、ケガらわしいイヌチクショウめがッ! ムダですわ! ワタシはムテキなのですから!】


 噛み付いて、体当たりして、薙ぎ払われようとも。ボンドは突進をやめようとしない。しかし、非常に悪いことに……自身を無敵だと嘯くエリーメルダの言葉に、嘘はなさそうだ。ともなれば……。


「ここは、仕方ありません……クリムゾン!」

「分かっていますわ。……私の鞭を存分に使ってください!」


 アディショナルを装備している以上、ボンドは拘束銃の対象にはならないだろう。だが、至近距離では流れ弾に被弾しないとも言い切れないのが、切ないかな……気まぐれな(扱いづらい)拘束銃の難癖だったりする。なので、この場合は……お馬鹿さん(拘束銃)よりも誰かさんを縛り上げるのが得意な、お利口さん(レーヴァテイン)を頼るに限る。


「いきますよ、クリムゾン!」

(えぇ、勿論ですわ! お任せくださいまし!)

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