表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
791/823

牙研ぐダイヤモンド(18)

 だけどね、これはあくまで「契約の真似事」でしかないんだ。本当の契約じゃない。

 ギュスターヴへゆらりゆらりと躙り寄る間も、アレンは忘れずに譫言を呟く。それでも、自身に寄ってくる切迫した危機感を前に、ギュスターヴはようよう「ここに来た目的」を思い出す。少なくとも、それを献上すれば……見逃してもらえるだろうか?


「アレン様、実は私はあなたにお届けものを預かってきただけなのです。ですので……」

「おや、そうだったの? 僕はてっきり、君は仲間になりに来たんだと思っていたのだけど。そう……それこそ、ジェームズ叔父さんみたいに」

「父上みたいに……ですか?」

「あぁ、もしかして知らなかったの? ジェームズ叔父さんは君と話がしたくて、人間を捨てて犬になっているんだよ。ニュアジュの話だと、ちょっとした()()()()()()()だったみたいだけど……彼も王族だからね。適性もなければ、普通の手順ではカケラになることはできない。だから、核石に食われた脳をドーベルマンに移植したみたいだよ?」

「……」


 あの()()()()姿()はそういうことだったのか。ギュスターヴは父親の声で喋る不気味なドーベルマンを思い浮かべては……ギリっと作り物の唇を噛み締める。いくら歯を立てようとも、血すら流れない唇であろうとも。悔しさで痛みを錯覚しては、思わず拳も握りしめてしまう。


「うん? もしかして……その様子だと、ジェームズ叔父さんの今を知っていそうだね? まぁ、いいや。叔父さんの研究成果があったおかげで、今の僕があるんだから。……適性を絶対に持ち得ない王族でも、近しい存在になれることを、彼は身をもって証明してくれたのだもの。ふふっ、そう怒るなって。意外と、あの姿を気に入ってもいるみたいだよ? ジェームズ叔父さん。ラウールさんの所で暮らしているみたいだけど……彼に撫でられて、嬉しそうにしちゃって。あぁも犬になりきれれば、逆に幸せなのかも知れないね」


 そう言いつつ、またもギロリと牙を弓形に整列させるアレン。その凶暴な口元の輝きに、ギュスターヴは徐々に怒りを鎮めては……またも、恐怖を思い出す。そうだ、今は私情に駆られて怒る場面ではない。この()()()から一刻も早く、逃げなければ。


「今の私には父なんてものはありません。それはそうと……もうそろそろ、本題に入らせていただいても? 今はとにかく、用事を済ませたいだけですし」

「おや、連れない事を言うのだね、グスタフ。そんな体になっても、まだ知らぬ存ぜぬを通そうなんて。まぁ、いいか。で? ご用事って何かな? お届け物は何だろう?」

「……これです。アダムズ・ワーズからアレン様に返却するよう、預かってきました」


 きっと、その後の顛末を知っていたのなら、ギュスターヴはなりふり構わず逃げていた事だろう。自分が持ってきた「お届け物」がアレンの怒りのツボを押すなんて、知っていたのなら……きっと、こんな馬鹿なことはしなかっただろうに。

 お節介かつ、愚直に()()()()()()ギュスターヴは2つのダイヤモンドの核石をアレンに渡す。しかし、青い方はともかくとして……黒い方には並々ならぬ思い入れがある様子。黒いダイヤモンドを愛おしげに鱗まみれの指でなぞりながら、アレンが急激に温度を落とした詰問をギュスターヴに投げかけ始めた。


「……お前、これをどこで……?」

「えっ? いや、どこでと言われましても。私は預かってきただけですし……」

「そんな事を聞いているんじゃない。お前……この核石がどこでどんな風に抉られたのか……知っているのか……? 何か聞いていないのか……?」

「な、何も……聞いていませんし、何も知りません……」


 ギュスターヴの情けない答えを否定するかのように、突如パキンッ! と、鋭い何かの破滅音が聞こえる。その音に驚いて、ギュスターヴがアレンを見やれば。彼はとうとう、噛み締めすぎて牙を1つ、折ってしまったらしい。鮮血と言うには、あまりに酷い匂いの黒い血液を滴らせて。血塗れになりつつある口元で、アレンが恨言を喚き始めた。


「よくも……よくも、よくも、よくもッ! ユアンを……殺したなぁッ⁉︎」

「ユアン……? アレン様、私は何も……」

「何もしていないとは、言わせない! あいつの手先となった時点で、お前も同罪だ……! もう、いい。お前もどうせ、元には戻れない……。どうせ、どこにも帰れっこないんだ。だったら、ここで……」


 殺してやる。

 短くも確実な死刑宣告を告げられて、いよいよギュスターヴの神経は縮み上がる。燦然と輝く鱗を纏おうとも、彼の中に流れる血は不浄の色を示す。そんな不浄を湛えた口元に牙を剥いて、アレンは涙ながらに仇敵の尖兵へ躍り掛かる。そして……あっという間に、ギュスターヴの左腕を縊り捥いだ。


「くっ……! エリー様、行けますか⁉︎」

(お任せなさいな。……腕1本なら、どうにかなります。ふふ……)


 こうなったら、なりふり構ってもいられない。()()()を敵前で呟くのは、非常に格好悪いが……ここは内なる相棒に頼るしかないだろう。そうして、ギュスターヴが頼んでみれば……エリーは容易く左腕を再生して見せる。だが……どうも嗜虐的な彼女は、この状況を楽しんでもいるらしい。まるで他人事のように、クスクスと声を弾ませては、ギュスターヴの危機感さえもせせら笑う。


「こんな時に笑っている場合ではないでしょう! とにかく……」

(あら、お逃げ遊ばすの? 私はこのまま()()()をしたいのですけど)

「えっ……? それこそ、一体何を……」

(もうちょっと、様子を見るつもりでしたけど。……あなたはやっぱり、退屈な男ですわね。最後まで貴族であろうとするのは素敵でしたけれど……却って、惨めでもありましたし)

「エ、エリー様……?」

(折角、(オーラクォーツ)を補給したのですもの。ここは思いっきり暴れませんと)


 不気味な一言と一緒に、エリーも牙を剥くことにしたらしい。ギュスターヴを「退屈な男」と罵る間も、彼を食い荒らすことを忘れない。そうして、ギュスターヴが気づく間も無く……彼女は彼を容易く制圧せしめる。


(……どうして、こんな事になったのだ? 私はただ……復讐したいだけだったのに……)


 どこで、何を間違えたのだろう?

 どこで、何を見逃していたのだろう?


 アレンの威容を見た時……いや、アンリエットの秘宝をお利口に持ち帰った時?

 それとも……。


(あぁ、違う。……それもこれも……元はと言えば、父上が悪いんだ。私に……()()()()を残すから……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ