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牙研ぐダイヤモンド(17)

「こ、これは……なんと、素晴らしい!」


 追手があるのも、知らないまま。迷い込んだ空間でギュスターヴは驚異的な存在を目の当たりにして、場違いにも興奮を抑えることができないでいた。

 見上げた試験槽の中で眠っているのは、イノセントとは比較にならない程の大物の魔竜。キラキラと辺りを余すことなく照らし、瞼を閉じた状態でさえも明らかなる生命の息吹を漲らせている。


(ギュスターヴ様、これはまさか……?)

「えぇ、そうですよ。このドラゴンは天空の来訪者と呼ばれる存在でして。私もかつて、イノセントという白竜を()()()()()()のですが……」

「いや、()()だなんて言葉が通じる相手じゃないでしょう、彼らは。……その思い上がった思想は、即刻捨てるべきだと思うけどね」

「だ、誰だ……?」


 内なる声に応える形で、独り言を呟いていたつもりだったが。そんなギュスターヴの()()にも丁寧に反応する者がいる。そうして、声のする方をギュスターヴが見やると……彼の目の前には、魔竜のミニチュアと錯覚するような、ワニに近い頭部を持つ異形が立っていた。


「あぁ、失礼。今の独り言からするに……君はグスタフだよね? ほら、覚えてない? ……あぁ。この姿じゃ、分からないか。僕はアレンだよ、アレン。地上では行方不明になっている、()()()()()()さ」

「あなたが……アレン様……?」


 ギロリと幅広い口元から、楽しそうに牙を覗かせて。どう、すごいでしょう? ……と、顔だけワニのアレンが胸を張る。しかしながら、豪奢な衣装を纏った体は人形を保っているとはいえ……ギュスターヴの知るアレンのそれとは、比較にならないくらいに引き締まっているし、腰の辺りから長い尻尾を生やしては嬉しそうに振っているではないか。


「そうそう、話は変わるけど。グスタフはムーンベニト山の消失について……本当の事を知ってるかい?」

「ムーンベニト山の消失……? はて? そもそも、ムーンベニトなんて山、ロンバルディアにありましたっけ?」

「全く……君はその思い上がった思考回路はいい加減、なんとかした方がいいよ? この世の全てがロンバルディアにあるなんて、限らないのに……」

「……」


 先程までゆらゆらと振っていた尻尾を、さも不愉快だとばかりに打ちつけて。アレンは口元を器用に歪めて見せる。そうして、知らないのなら教えてあげましょうと……ムーンベニト山のあらましについて、話し始めた。


「ムーンベニトはマルヴェリア王国の南方に位置していた山でね。かつてはイノセントやそこにいる、アルティメットと同じ、天空の来訪者の1人が住まう霊峰だった」

「天空の来訪者が住む、霊峰……」

「そうさ。因みにね。ムーンベニトに住んでいたのはベニト(藍方石)慈悲の彗星(ベネボレンス)っていう来訪者だったらしい」


 脈絡のない話に思えて、アレンの説明はどうやら……自分がどうしてこの姿になったのかを明示するためのものらしい。表情の変化こそ乏しいが、困惑を隠さないギュスターヴを半ば無視して、強引に話を続ける。

 そんなアレンの話によれば……ムーンベニトの裾野にはかつて、ブライトフィートという豊かな穀倉地帯があった。そこは古い貴族が代々、治めていた地であり、ブライトフィートの初代当主はベネボレンスとの契約の果てに、かの来訪者の慈雨をもって旱魃に喘ぐ領地を黄金の小麦畑へ変貌させたのだという。


「それで……どうもブライトフィートっていう貴族は、マルヴェリア王朝を古くから支えてきた大貴族だったみたいでね。産出されるワインも小麦も最高品質だったものだから、共産主義の枠からも多少はみ出して、独立した権限を持たされていたらしい。だけど……」


 来訪者との契約の代償に、ブライトフィート伯爵家では隔世的に青い鱗を纏った忌み子が生まれてくるようになった。それは今のアレンと同じように、ワニにも似た頭部を持ち……「アオヘビ伯爵」と呼ばれては、領民からも忌み嫌われていたと言う。


「きっと、そんな境遇に嫌気が差したんだろうね。とあるブライトフィートの当主がとうとう、契約の証でもあり、自分の異形の原因でもあった“雨の鱗”と呼ばれる、ベネボレンスの核石の一部を砕いたんだ。その瞬間から、ブライトフィートは豊かな土地を失う羽目になって、ムーンベニト山も忽然と姿を消した。どう、凄いでしょ? たった1人の横暴から……あぁ、違うか。たった1人を忌み嫌って、みんなでいじめ抜いたせいで……ブライトフィートごと、ムーンベニトは跡形もなく消失したんだよ。噴火でもなく、爆発でもなく……本当に、ある日綺麗さっぱりなくなっていたんだ」

「確かにそれは珍妙な話ですが……それと、アレン様の境遇とどのような関係が?」

「もぅ、そんなに焦らなくてもいいだろう? 僕が言いたいのは、それ程までに来訪者の力は偉大だってことさ。例え、契約や慈悲で力を貸してくれることはあっても……彼らは約束を違えれば、即座に容赦無く罰を下す。でも、それは逆に言えば……契約さえ守っていれば、きちんと対価もくれるってことさ。……僕は昔から、強くなりたかった。僕は昔から……マティウスの暴虐から母上を守ってやりたかった。だけど、僕は弱くて、情けなくて……意気地なしだった。母上はもう、助からない。だけど……残された弟や妹だけは助けたい。だから……その力を得るために、来訪者との契約を真似てみたんだ」

「契約を真似る……」

「そう、契約の真似事。細かい内容は調査結果にも記載がないから、なんとも言えないけれど。初代・ブライトフィート伯爵は自分の体と引き換えに、ベネボレンズの力を得ることに成功していたらしい。そして、彼の代わりにベネボレンスは当主に成り代わって、ムーンベニトでの生活を謳歌しては……彼の子孫が代々、ブライトフィートを治める事になったんだって。で……僕はそんな契約の話を聞いて、やってみたくなったんだよ。来訪者との契約を」


 誇らしげに腕を広げては……どう? と、首を傾げるアレン。しかし、その姿は醜く、悍しく……どこまでも不気味である。


「分かっているさ。君も醜いと思うんだろう? 僕の姿を。だけど、こうする事でしか、僕は僕を認めることができないんだよ。こうする事でしか……僕は僕の救いたい相手に、気に入ってもらうこともできない」

「な、何をおっしゃっているのですか、アレン様……」

「さて……自分でも分からないんだ、本当はどうしたかったのか。だけど、このままじゃ、恋人ゴッコに混ぜてもらうこともできないからね。何せ……ロンバルディア王族は最初から、宝石(来訪者)達の敵でしかない。彼らが夢見た理想の世界では、僕達は生きていていい存在では決してない。……そうさ。僕達王族は、タダの人間以上に業が深くて、欲も深くて……何より、背負った罪も深い。そして、それは君も同罪なのさ、グスタフ。……君だって、きちんと王族の血を引いているんだから」

「そう、かも知れませんが……だからと言って……」


 どうせよと言うのだ?

 ジリジリと自分に躙り寄る、得体の知れないアレンを前に、明らかに腰が引けるのを感じるギュスターヴ。今の自分であれば、蹂躙できない者はいないと自負していた彼にとって、ギロリと牙を鳴らす異形の小さな竜(アレン)は……底知れぬ恐怖の対象でしかなかった。

【作者より】


『アオヘビ伯爵と柘榴石』に登場した「雨の鱗」の持ち主を、何故かこちらで暴露する形になりましたが……「空を飛ぶベニトアイト」でムーンベニト山が「大規模な天災によって今は存在しないとされている」、「消滅した理由は定かではない」としていたのは、こちらに引っ掛けたかったからだったりします。

しかしながら……種明かしがこんなに遅くなるなんて、ちょっと予想していませんでした。

相変わらず、フラグ回収が遅くてすみませんです。


なお、『アオヘビ伯爵と柘榴石』に書かれていた「本当の内情(真実)」は、当然ながらアレン王子は知りません。

アレン王子の「情報不足」を際立たせる意味でも、『アオヘビ伯爵と柘榴石』の顛末と、こちらでの記載内容を敢えて不一致にしております。

決して、作者の健忘症が発症したからではないのです。


何卒、ご理解賜りますよう、お願いいたします。

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