ヒースフォート城のモルガナイト(8)
プールサイドの喧騒を尻目に、隅にひっそりと咲くエリカを見つめながら。花の意味に、そっと思いを巡らせる。そうして、問題の答え合わせをしようと……突如、日陰と日向とを行き来し始めるラウール。端から見れば挙動不審もいいところだが、こうしてわざわざ暑い昼間に出張ってきたのには……虫除け以上の理由がある。
(やはり……このエリカはわざわざ残されたものではなく、辛うじて残ったものなのですね……)
エリカは庭園用として好まれる反面、ヒースフォート原産種はどうしても暑さには弱い傾向がある。残暑なのに衰えを知らないこの日差しは、彼女達には厳しいものがあるに違いない。きっと、改築で遮蔽物がなくなってしまったのだろう。本来であれば、気負った手入れはあまり必要ない植物のはずだが……目の前で力なく揺れる、夏咲の“ヴァカンス”は僅かに残った日陰で、ようやく命を繋いでいるようにさえ見えた。それは要するに……。
(エリカが咲いているところは元々は庭園だった……つまり、ジェイがモルガナイトを落としたかもしれない庭先の可能性があります。えぇと……ここは見取り図でいくと……この辺でしょうか?)
昨晩一生懸命書き写した見取り図と睨めっこして、エリカの咲いている場所に印をつける。流石に借り物に印を付ける訳にもいかないので、こうして手記にしてみたが……やはり、文字を書き込めるのは都合がいい。そんな事を1人、悦に入っていると……折角の上機嫌を突き落とすような甲高い声が、ラウールの背中に馴れ馴れしく被さってくる。
「あら、奇遇ですわね! 確か……」
「奇遇、なのですか? 確かも何も、俺はあなたのことは存じませんけど」
先回りして、ピシャリと言ってみるものの。……ラウールの冷たい態度さえも溶かすような暑さに、彼女の張り付いたような笑顔が弛む事もなく。日傘を差して日陰を作り出しては、自身は涼しい顔と一方的に話を進めてくる。
「まぁ! 自己紹介くらいはさせてくださっても、いいじゃないですか。それでなくても……昨晩の贈り物がお気に召さなかったようですし……」
「贈り物……? あぁ、注文した覚えのないお料理のことですか?」
「えぇ、そうですの! もしかして……驚かせてしまいましたか? だとしたら申し訳なかったのですが、どうしてもお近づきになりたくて。……そうそう、申し遅れました……」
「あぁ、お名前は結構です。……覚える気もありませんから。生憎と、俺は物覚えが悪いのです。記憶容量も少ないものですから、人生において付き合う必要のない相手は、最初から覚えない事にしています。……この先のお散歩もお1人でどうぞ? 少なくとも俺の方はこの場の用事は済みましたし」
「えぇ⁉︎ ……ちょ、ちょっとお待ちになって!」
こういう時は話は聞かずに、サッサと切り上げるに限る。しかし……次に調べたい場所は室内なのだが、屋外でもこうしてお構いなしとなると……本格的にそちらの対策は講じないといけないかもしれない。




