牙研ぐダイヤモンド(16)
「ここは……?」
ギュスターヴの匂いを追って、地下道を進むこと約30分程。グリード達の前に現れたのは物々しい鉄格子と、鉄の檻に遮られた区画に強引に何者かが入って行った痕跡。地下水道に鉄格子は、割合見かける風景ではあるものの。どうやらターゲットにしてみれば、そのまま素通りできる場所ではなかったらしい。執拗に行手を阻もうとする3重の鉄格子(しかも、非常に頑丈な作りの)を、ひしゃげてまで……彼はどこへ行こうと言うのだろう?
「……グスタフ様は何を思って、この先に進んだのでしょうね……」
【ワからん。だが、イきサキはブランローゼではなさそうだ】
「こっちの方角は……中央街のセヴル方面でしょうか。だとすると……」
おそらく、治水工事の最大の目玉でもある下部貯留槽のエリアになりそうか。無用の長物だったはずの水門は、お飾りだとばかり思っていたが。幾重もの突破済みの鉄格子をくぐり続け、実際に奥へ奥へと進んでみれば。突如、ポッカリと目の前に広がった空間に……その限りではないという現実がヒシヒシと伝わってくる。
「……ヴァン兄。底にあるのって、まさか……」
「うん、牢屋っぽいなぁ……。もしかして、ここ……元は収容所だったのかな?」
「……そうかも知れませんね。しかし、雰囲気からして収容していたのは、いわゆる罪人ではないと思いますよ」
「ほぅ、そのココロは?」
「……あれですよ。あんなに馬鹿でかい檻……しかも、特殊器具付き……が人間相手に必要ですか?」
「確かに、ね。中に入れるのが人間だったら、あんなに大きな籠はいらないかもね。しかも、籠の天辺に付いているのは……アハハ。あれは僕も遠慮したいかも」
「でしょうね。アディショナルの取り付け装置なんて、見慣れたくもありません。……やれやれ。ここにはきっと、何かしらの巨人でも収容されていたんでしょう」
どこをどう見ても無駄にしか思えない、深くて馬鹿でかい下部貯留槽。だが、貯留部の胃袋はなみなみと溜め込んだ、悍ましいまでに透明な水の底に……とんでもない物を飲み込んでいた。そうして、水門の本当の存在意義をまざまざと思い知るグリード一行。要するに、王子様が肝煎りで着手したのは治水事業ではなく……都合の悪い何かを隠蔽するための仕掛けだったのだろう。
「……どうしました? ハール」
「……なるほど。ここでやっていたのは、融合実験か」
「えっ?」
「この檻の数からしても、本命を完成させるための餌が大量に必要だったという事だろう。ほれ……リュチカとやらで、グリードも遭遇しただろう? コアとワーカーとに分離した来訪者の姿を。フラリッシュ達は神殿の機能を削ぐために留め置かれていたのが、たまたま眠りから起こされた事で分離していたようだが。元は1つの体に収まっていた心臓を3つ揃えるには、繋ぎが必要になるんだよ。……2つ以上の核石を1つの体に収めるには、別れた個体同士で核石を食らい合うしかない。だが、そのまま食ったのでは、核石は馴染まないんだ」
やれやれ……とハールが仮面越しで悲しそうな顔をして見せる。
元々1つだったはずの核石は分割された暁に、それぞれが心臓部として稼働し、独立した個体にはそれぞれに意思が宿る。しかして、核石と言うのは非常に悪どいことに……カケラの意思を食い物にして、成長するものである。そして成長して肥大化した核石程、カケラ本人の意思を食い荒らした核石だと言うことになり、核石自体に取り返しがつかない程に命の痕跡を残す。
「それで、な。命まみれになった核石は、そのまま食われて、根付くのを拒むものなんだ。だから……」
「同族を食い荒らして、取り込む側は素地を整えておかなければならない。……相手の核石ごと命を取り込むには、メインディッシュをいただく前に、前菜で腹を慣らしておく必要がある。僕は片割れを取り込む前提で、同族喰いの実験に巻き込まれて。……エイルは僕に取り込まれることを前提に、耐熱試験やら、性能試験やら……敢えて、核石を弱らせるためのテストを受けさせられていた。そのために……大量の餌を与えられてもいたっけ」
「……そう、だったな。すまない、悪い事を思い出させたか? さぞ、寂しい思いをしただろうに……」
「いや? 別にそれはハールちゃんが悪いわけじゃないさ。それに、僕の中でエイルは生きている。……その事実だけあれば、今は十分。それに……新しい相棒もいるし。寂しくなんか、ないさ。だろう? ルナール」
「うん。そうだね、ヴァン兄。僕、ヴァン兄のお仕事をきちんとお手伝いできるように、これからも頑張るよ」
「期待してるよ、相棒」
きっちりと変身済み側の名前で呼ばれて、お利口なルナールはヴァンに口元だけで穏やかな笑顔を見せる。その一方で、融合実験の設備の隠蔽にアレンが乗り出しているのであれば、この悪行はニュアジュの計画と見ていいだろうかと、グリードは首を捻っていた。
「アレン様との関係性を考えれば、この奥にニュアジュもいそうですね。とにかく……先を急ぎましょうか」
「えぇ、そうですね。……このままでは、グスタフ様も心配です」
【うむ……グスタフ、トまるヨウス、ない。もしかしたら、アレンにヨウジがあるのかもシれない】
「しかし……グスタフがアレン様にどんな用事があると言うのでしょうね?」
縦横無尽に広がっていると言っても、地下水道という迷宮は有り難い道標付きだったはずなのに。用意された親切心を無視してはみ出した異物には、絶望の光景がお誂え向きとばかりに広がるのは……明らかなる後ろ暗い、汚泥まみれの秘密。最深部に、他所様には見せたくない異物を飲み込んだまま。それでも尚、秘密をもっと知りたければ「おいでおいで」と、ズッポリと探求者達を飲み込むのだから、欲張りにも程がある。
これだから……救いがないのだ。狂科学者という人種を生み出した、欲望まみれの人間というものは。




