牙研ぐダイヤモンド(15)
地下に潜り込んだは、いいけれど。地下道の陰湿さには、既に落ちぶれた境遇とは言え……眩暈を起こしそうだ。しかも生き延びる糧と言えば、辛うじて調達できたオーラクォーツと復讐心だけ。それでも、ギュスターヴはかつての居城に取り敢えず避難しようと、地下水道を彷徨っていた。
「……方角的には、こちらで合っていますかね……」
(まさか……ブランローゼ城まで、繋がっていますの? この通路)
「えぇ、多分。ロンバルディアは地下水道の整備に力を入れていましてね。……確か、アレン様の肝煎りで治水工事が進められていたかと記憶しています」
その治水工事もどうせ、王族のパフォーマンスでしょう……と、ギュスターヴは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。何せ、ロンバルディアには暴れ川は存在しない。オルセコのように自然が有り余る程に残っていれば、話は別であろうが……市街地に被害をもたらす川はロンバルディアには存在しないのが、一般常識でもある。
それなのに、大掛かりな水門を設ける計画がが発表された時には、まだ王族の気まぐれの暇潰しか……と、揶揄されたものであった。しかも、発案者が国王・マティウスではなく、第1王子のアレンだと知れた時には、王子様の箔付のために税金を無駄遣いしていると、タブロイドが荒れに荒れたのもギュスターヴは思い出す。しかし……。
「ですが、歩いてみて初めて気づいたのですが……この地下通路には明らかに、治水以外の目的がありそうですね」
(あら、どうしてですの?)
「標識に記載のある住所の並びが、明らかにおかしいのです。何かを避けるように……特定の番地だけ、抜けているような……」
ブランローゼ城への避難をするのに、順路……つまり、住所を頻繁に確認するのは当然ではある。だが、執拗なまでの確認作業の中で、ギュスターヴは明らかに隠蔽されている場所があることにも気付く。そう……なぜか、記載がないのだ。地下水道の要でもあるはずの、浄化センターの住所が。すっぽりと、水門が位置している中央街を示すはずの番地が……なぜか飛ばされている。
「大規模な水門がある時点で、制御施設もあると思っていたのですが……そう言えば、地上にはそんな設備はなかったような。しかも、この住所標識はメンテナンス目的だったかと記憶しています。それなのに……」
(拠点となる場所の住所がない、のですわね? あぁ、なるほど? ……要するに、この地下水道は治水のために作られたものではないという事かしら?)
「おそらく……は。きっと、別の目的があって、地下水道を作り上げたのでしょう。そして……その隠された部分こそがアレン様が本当に作りたかった、何かなのでしょう」
そうなれば、目的地を変更せざるを得ないか。あくまで根拠のない直感でしかないが……お隠れになって行方不明の王子様はそこにいるに違いないと、ギュスターヴは勘を働かせる。そうして、アダムズの言いつけでもある「ダイヤモンドを返してこい」というタスクをこなそうと、方向転換をすることにした。
ブランローゼ城に帰るのは、お使いを済ませてからでもいいだろう。
***
【……キュウにミチスジがカわったな……】
「おや、そうなのですか? ボンド」
【あぁ。サキホドのミチスジから、グスタフはブランローゼにイこうとしているのだとばかり、オモっていた。だが……ツギのカドはヒダリみたいだ】
ブランローゼ城はロンバルディア領に位置することは間違いないが、広大な敷地を持つが故に、中央街からはやや離れた辺鄙な場所にある。先程まで、郊外へ、郊外へと……右側ばかりに曲がっていたというのに、ここに来て急に左側に折れたとなれば。……もしかして、彼の目的地は中央街の方だということになりそうか?
「別に、グスタフがどこに行こうと、あいつを追うのは変わらないんだろ? であれば、このまま追跡を続けた方がいいと思うぞ」
「あっ、それは言えてる。へぇ〜、ハールちゃんもマトモな意見を出せるんだね。ちゃんと考えられて、偉いな〜」
「フフン! そうだろう、そうだろう!」
(ハールちゃん……。ヴァン兄のそれは多分、褒めてないと思う……)
これはどちらかというと、揶揄っているんだろうな……。
目的を見失っていないのだから、確かに褒められるべき内容ではあるのかも知れない。だが、普段の的外れさをそれとなく指摘されたのに……自分の隣で、誇らしげに胸を張るハールの姿がどうも、間抜けに見える。そうして滑稽どころか、悲しげにさえ思えるのだから……ルナールとしては、非常に居た堪れない。
「とりあえず、俺もハールの意見には賛成ですね。俺達の目的はグスタフと話をすることです。目的地が彼自身である以上、グスタフがどこを目指していようと関係ありません」
「それもそうですね。ですけど、ファントムさんはこのままでいいのですか?」
「確かにヒタヒタと……気味が悪いな。あっ、そうだ! ここで1つ、デビルハンターとして……」
「はい、ストップ、ストップ!」
「な、なぜだ、グリード! ここは、ズバッとお仕置きする場面だろう! 私は、今……猛烈に活躍したいぞ!」
お仕置きする場面でも、活躍する場面でもありません。
ハールちゃんの子守りも含めて、大人数になったとは言え……今はターゲットの尾行中なのだ。音も反響しがちな地下道で、大暴れしたら相手に気づかれてしまうではないか。
「いいですか、ハール。実害のない相手を、無闇に懲らしめる必要はないでしょう? しばらくはこのまま、放っておきましょう。俺達について来たいと言うのであれば、それまでの事。それに……こちら側には、彼が苦手とする熱源が2人も揃っているのです。癇癪を起こした所で、さしたる影響もありません。ですので、ハール」
「うむ……なんだ、グリード」
「いざとなったら、切り札のあなたが頼りなのです。ですから……活躍の機会があるまでは、きちんとお利口にしていられますね?」
「そうか、そうだよな! 切り札はここぞと言う場面に使うものだな。クフフフ……! その時はもちろん、任せておけ!」
「えぇ、是非にお願いしますよ」
(ハールちゃん……。グリードさんに上手く、丸め込まれているよ……)
悪戯好きなお兄さん2人のお上手な褒め言葉に、デビルハンター(仮)・ハールちゃんのご機嫌もとっても麗しい。陰湿な地下道さえも愉快に進みましょうと、馬鹿に賑やかな行進曲を鼻歌に乗せて。あまりに場違いで頓狂な鼻歌が相手に届かなければいいなと、一同はヒヤヒヤさせられるが。そんな中で、クリムゾンだけはちょっぴり嬉しそうに、クツクツと小さく肩を揺らしている。
(グリード様は以前にも増して、お父さんっぽくなりましたね。ふふ……なんて、微笑ましい光景なのでしょう)




