牙研ぐダイヤモンド(14)
こうも早く、秘密の小道を使う羽目になるなんてね。
ヴァンは緊急事態だとばかりにやってきた、ご近所さんの面々を出来合いの地下道に招き入れながら……どん底の暗い地下道が繋がる先は、果たしてどんな闇なのだろうかと、背筋を震わせていた。
(しかも、探している迷子は壊れかけた悪魔憑き……か。いよいよ、キナ臭い場面だね、これは)
ヴァンが面白そうだと話に乗ってくれたのは、いいけれど。地下室から抜け道を確保するなんて、本来は相当に骨が折れる作業のはず。それなのに、誂えたように綺麗なお口を開けた抜け道に……グリードも最初は開いた口が塞がらなかったらしい。だが、香水店の地下室がどんな目的で作られていたのかを、ヴァンが思い出して説明すれば。……忽ち、それは好都合ですと口元を歪ませるのだから、怪盗紳士というのは本当に食えない人種である。
「ニュアジュも意外に、粋な事をしますね。覗き見の手筈を整えておくなんて、ますます趣味がいい」
「そう言ってやるなって。だけど……うん、こいつは警戒した方がいいのは間違いなさそうだ。何せ、僕は彼女を裏切っているからね」
融和炉のダクトが通っている時点で、掘削のとっかかりになるだろうかと……試しに、周辺の壁を崩してみたのだが。呆れたことに、融和炉の裏側には既に誰かが行き来していたらしい通路が拵えてあった。その姿に、手元のハンドドリルを虚しく空回りさせては……裏道発見当初はヴァンも苦笑いさえ、乾かさずにはいられなかったそうな。
【……グリード、ミギだ】
「承知しました。ところで……大丈夫ですか、ボンド」
【ヘイキ。ボンド、グスタフをトめる。イマは、そのコトしか、アタマにない】
「そう、ですか。……では、お望み通り。俺はあなたの足となり、証言者となりましょう」
【うむ……タノむ】
抱っこされたままでも、鋭い嗅覚は健在。使命感だけを原動力として、変装鮮やかに狐に化けたボンドが道案内を買って出る。そんな仲間の望みを叶えてやろうと、大泥棒も珍しく積極的に運び屋を演じているが……。
「これ! 私を忘れるな、私を! いざとなったら、私がついていてやるぞ!」
「何を偉そうに……。あちら側に戻るのが嫌だと、ボンドの抱っこを拒否したのは、どこのどなたでしょうね? 普段は俺に運ばれているお荷物は、黙っていてください」
「ぐ、グフゥ! 相変わらず、グリードはいけ好かない!」
「ま、まぁ……ハールちゃん。今はそんな事で騒いでいる場合じゃないと思うよ。とにかく、グスタフ様を止めなきゃ」
しっかり者のルナールに諌められて、仕方なしに暴言を引っ込めるハール。そんな妙にお気楽な様子を、最後尾からクリムゾンが見つめているが……彼女は彼女で、何かに気づいたらしい。ちょっと待ってと、一行に声を掛ける。
「どうしましたか、クリムゾン」
「え、えぇ……その。先程から、誰かに尾けられている気がするのですが……」
「……そのようですね?」
「そのようですね……って、グリード様。気づいていたのですか?」
「まぁ、それなりに。ですが……多分、大丈夫だと思いますよ。今の彼は人畜無害でしょうから」
「へっ……?」
「特に、クリムゾンとハールがいれば……一定距離内に近づくことはできないと思いますし」
「まぁ……そう言うことですの? そう、ですか。でしたら……大丈夫ですわね」
グリードの言葉に、クリムゾンも相手の正体に思い当たるものがあるらしい。あぁ、と小さく呟くと……本当に可哀想な人なのだからと、背中越しの視線を受け止める。
(そう言えば……ファントムさんは明るい場所が苦手になってしまったのでしたっけ……)
熱に異常に怯える習性を悪用されて、地雷探知機として活躍したのはいいものの。果てに見せつけられた異形達の放つ閃光が、とうとう深刻なトラウマになったらしい。彼にも療養の余生を与えようと、ヴランヴェルト側はきちんと治療込みでの保護をしていたが、どこもかしこもが真っ白な病室が眩しすぎるという理由で、彼は入院早々にパニックを起こした。そして……。
(ヴランヴェルトから飛び出して、地下を彷徨うようになってしまったのでしたっけ……)
そんな彼の現状に……本当にオペラ座の怪人みたいだと、クリムゾンは尚も嘆息する。それでも、こうしてヒタヒタと一定距離を保ってついてくるのは、人恋しいからなのだと勘繰っては。核石に取り込まれないように、差し入れくらいはした方がいいのかも知れないと……相変わらずのお人好しの思考回路で、考えてしまうのだった。




