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牙研ぐダイヤモンド(9)

 手持ちの金は銀貨が7枚。手がかりなしのお使いが予想以上に難航しそうだったので、金策に走ろうとも……今のギュスターヴには資産らしい資産はない。きっと、お仕置きの意味もあるのだろう。アダムズは命令こそ与えはしても、彼に餌と路銀とを与える優しさはなかった。


「やはり、これは売れないか……ハハ。そうでしょうね」

(なんですの、ギュスターヴ様も王族でしたのね? ……もっと早くに出会えていれば、良かったのに……)


 相変わらずな打算まみれのエリーの声に、ギュスターヴは更に乾いた笑いを漏らしてしまう。それでも、この状況で1人きりよりはマシだろうかと……気位だけは高い相棒の存在に、少しばかり救われた気分にもなる。


「しかし……参りましたね。このままではお使いを済ませる前に、のたれ死んでしまう」

(ギュスターヴ様は既に、食事もお召し上がりになりませんものね)

「えぇ。ですから、買わなければならないのですよ。……オーラクォーツを」


 何も、特殊な鉱石ではなく……この場合はごくごく、普通のものでいい。それに、オーラクォーツは一般的にはそこまで高価な宝石ではない。だが、食事は必要なくとも……心を休める場所は必要だ。安らげる場所を求めていちいち宿を取っていたのでは、あっという間に資金が底を尽きてしまうだろう。だから無謀も承知で、最後にして最大の秘宝を売り飛ばそうとしたのに。


「まさか、私が()()()()()になっているなんて。……失礼にも程がある」


 しかし、どういう訳か……ハーストの宝飾店は何故か、グスタフを目の敵にしていた。以前だって、最上級のルビーとエメラルドを持ち込んでやったろうに。何かが悪かったのか、グスタフの所有品は一律「粗悪品(呪いの品)」だとレッテルを貼っては、本物だと判明しても買い取ろうとはしなかった。もしかしたら、箔を付けるつもりでチラリと見せたダイヤモンドが悪かったのかも知れないが……と、ギュスターヴは考えるが。もちろん、彼が警戒されている理由はそこではない。


(ところで、ギュスターヴ様。……気付いていらっしゃいます?)

「……薄々は」


 小声でヒソヒソと独り言を呟くギュスターヴの足音に重なるように、背後から別の足音がヒタヒタと付いてくる。ハーストの店を出て、仕方なしに()宿()を探して彷徨っている間……ずっと、だ。


(丁度いいではありませんか。……ここは返り討ちにして、()()()を頂くのがよろしいのではなくて?)


 きっと、ギュスターヴがお宝を持っていることを、知っているのだろう。エリーが物騒なことを言い出すのも一理あると、孤独に肩を揺らしながら……ギュスターヴは背後の気配に意識を向ける。


「……」


 人目の少ない裏路地に入ったところで、歩みを止めるギュスターヴ。すると、どうだろう。待ってましたとばかりに、振り向いた彼の背後にはいかにも育ちが悪そうな男が立っている。


「私に何か、ご用ですか?」

「あんた、グスタフ・グラニエラ・ブランローゼ……だよなぁ?」

「……」

「おっと、ダンマリかい? あぁ、心配しなくてもいいぜ? 私は別に、あんたから金をせびろうってつもりで来たんじゃないですから」

「おや、そうだったのですか? 私はてっきり、追い剥ぎだと思ったのですが」

「アハハ、よしてくださいよ。これで、一応は新聞記者って奴なんですけど」


 姿格好も崩れているのなら、言葉遣いも砕け過ぎているな……と、ギュスターヴは苦虫を噛み潰したような渋面を隠しもしないが。それすらもどこ吹く風とばかりに、男が草臥れたカバンから新聞を一部取り出すと、ギュスターヴへの用事に化けた記事を示してみせる。


()()()()()()のプライベートをどうしても、掘り出したくてね。ダイヤモンドの情報を集めているんでさぁ。で、あんた……呪いの宝石コレクターなんですって? ハーストじゃ()()()()だって、褒められてましたよ? しかも王族なのに、資産を切り崩すなんて……って、あぁ! 失礼、失礼。あんたは既に王族じゃなくなっているんでしたっけ?」


 屈辱的な栄誉と評判とに不愉快を募らせているところに、新顔の王子様などと持て囃されているライバル(ラウール)の澄まし顔を見せられれば。ギュスターヴの中で渦巻くドス黒い感情が放出されるのに、そうは時間もかからなかった。


「……カハッ⁉︎ あ、あんた……一体、何を……?」

「……別に、何も。ただ、()()()()()を片付けようとしているだけですよ」


 何の躊躇もなく、事もなげに新聞記者らしい男の首を掴み上げる。そうして、それ以上の発言は不愉快だと言いたげに、ギュスターヴが指先に力を込めれば。……呆気なくポキリと何かが折れる音がして、男はグニャリと脱力した。


「さて……と。本当はこんな真似はしたくないのですが……生きていくためです。失敬しますよ……」


 せびられる側から、強奪する側へ。無様なまでに鮮やかに転身し、ギュスターヴは目当ての物を探り当てて、ほくそ笑む。意外とズシリとくる重さからして、中身は銅貨ばかりだと思っていたが……新聞記者というのは、それなりに資金は持っているものらしい。見れば、望外の銀貨が3枚も入っていたことに、気に入らぬと鼻を鳴らす。


「……何れにしても、助かりましたね。これで……オーラクォーツを用立てますか」


 そうして何事もなかったかのように、表通りへと歩みの方角を戻すギュスターヴ。次に機会があった時は、ハーストの宝飾店も潰してやると、新しい仮想敵をでっち上げて。オーラクォーツの補充以上に……仄暗い背徳を心の裡に溜め込むことも、やめようとしないのだった。

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