牙研ぐダイヤモンド(8)
気まぐれな厄介払いのつもりだったが。どうも、中にはしつこいお客様がいたようで……開店1番にやって来たのは、悪縁にも程がある顔見知りのジャーナリスト。カウンターで嬉しそうにしている彼の笑顔を見た途端、ラウールは内心で舌打ちしてしまうが。相手がやり手でもある以上、ボロを出すまいと澄ました顔で対応してみせる。
「おや……メーニャン様、お久しぶりですね。結婚式以来ですか?」
「あぁ、その節はありがとうございました。しかし……もぅ、王子様だったのなら、言って下されば良かったのに。ティファニーも当日に失礼なことをしていないか、心配していましたよ?」
「別に、失礼も何もないでしょうに……俺達が王族だというのは、あくまで後付けの設定です。母の再婚相手が王子だった……ただ、それだけのことです」
それまでの生まれも育ちも最悪だったとは、口が裂けても言えないが。それでも、ご用件はお伺いしましょうと、差し障りなくルセデスに応じるラウール。しかし、ルセデスの方はプロらしくきっちりと仕事をして来たらしい。予想外の手土産を語り出しては、ラウールさえも夢中にさせる。
「……本当に調べてきて下さったのですか。驚きましたねぇ。……正直なところ、適当に提示しただけだったのですけど」
「あれ、そうだったのですか? 相変わらず、ラウールさんは意地悪なんだから。まぁ、それはさておき……どうします? 僕の話、聞きたいですか?」
「えぇ、もちろん。内容によっては、皆々様に提示した報酬も公開しますよ」
報酬自体も嘘まみれだろうけど……と、心の中で舌を出しつつ、話を促せば。オフィシャルの設定効果で多少は疑いの霧が晴れているのか、ルセデスも嬉しそうに応じて見せる。しかし、明らかに想定外過ぎる大物の手土産に……ラウールはいよいよ、肝を潰しそうになる。
「なんですって……? グスタフの目撃情報ですか……?」
「うん、証言からしても間違いないと思いますよ。きっと、金に困っているんだろうなぁ……彼、手持ちの宝石を売ろうとして、断られたみたいですね。その中に、ラウールさんが探しているって言っていた……って、あ。呪いのダイヤモンドのクダリは嘘なんでしたっけ? まぁ、いいか。彼の手持ちの中に明らかに怪しいダイヤモンドが紛れていたって、お店の人が言ってましたよ」
「……もしかして、そのお店……中央通りのハーストだったりします?」
「その通りですよ。ラウールさん、そちらのお店をご存知なのですね」
「えぇ、まぁ。それこそ、腐れ縁ってヤツでしょうね」
おそらく、グスタフは自らが売り払った「クリムゾン」がハーストで悪さをしたことを知らなかったのだろう。この辺りで最も高値で宝石を買い取ってくれる店と言えば、ハーストを置いて他にないし、金に困っているのなら自然な選択でもある。
「グスタフ氏はなんでも、紋章のブローチを売りに来たらしいのです。もちろん、宝石自体は本物だったようですけど……」
「紋章のブローチ……あぁ、そう言えば。彼は一応、グラニエラを名乗ることを許されたお家柄でしたね。だとすると……紋章はお父上のジェームズ様が持っていたものでしょうか」
選りに選って、王家の紋章まで手放すか……そこまで考えて、ラウールはこの場にジェームズがいない事に安心せずにはいられない。息子が金に困っている上に、絶対に手放してはならないはずのブローチを質草にしようとしているなんて、知ったら……また、体調を悪化させかねない。
「……確かに、売れば一生遊んで暮らせるレベルの値がつくでしょうね。ロンバルディア王家の紋章は紛れもなく、国宝の1つです。基本的に外部に出回らない上に、最初から現存数も3つと少ない。そもそも、王位継承者第3位までの男児にしか与えられない秘宝ですから。しかし……そんな物を売りに出すなんて、家柄だけではなく、常識まで手放すつもりなんですかねぇ……」
「その口ぶりですと、ラウールさんも見た事があるのですか? そのブローチ」
「一応、は。ロンバルディアの王位継承は長子から順に与えられる物ではなく、国王の好みによって与える相手が選定されるものでして。……父がしばらく持っていたのを、見た事があります」
ちょっぴり自慢げに父親が見せてくれたブローチは、当時捻くれに捻くれていたラウールでさえも、一瞬で魅了する程に素晴らしい逸品だった。
ルビーの瞳を持つ金細工の獅子は、立髪の1本1本までもを繊細に作り込まれており、今にも動き出しそうな迫力の佇まい。そんな獅子が鎮座するのは、大粒の深い青緑・ティールサファイアと、それをグルリと囲むダイヤモンドの草原。色味こそ派手だが、使われている宝石が上質だったせいか……不思議と、ケバケバしい印象はない。
「そうだったのですね。では……残りは、やはり現国王様がお持ちなのでしょうか?」
「結果的にはそうなりますね。趣味が宜しいことに、爺様は当初、マティウス公とラインハルト公にはブローチを与えていません。自らが止むなく王位継承権を剥奪したジェームズ様と、俺の父親でもあったテオ王子に渡していたようです。そして……父の分は彼が民間に降った際に返還されていますので、それをマティウス公が持っている状況なのですよ」
「えぇぇぇ? なんだか、微妙にドロドロしたものを感じる証言ですね。……これだけでも、相当のネタになりそうですけど……」
「そうですか? 別に今のも記事にして頂いて、構いませんよ? 俺は痛くも痒くもないですから。なお、残りのもう1つは、現在の第二王子であるラザート殿下がお持ちだったかと。……聞いた話によれば、アレン殿下が辞退したのを預かっているのだとか」
あくまで「預かっている」という体なのが、彼らの兄弟仲を示しているようにも思えて、ラウールは辟易としてしまうが。だが……アレンは表向きは行方不明、噂では既に亡き者と認識されており、こちらはこちらで散々な状況だ。
「……何れにしても、呪いのダイヤモンドらしき物をグスタフが持っており、かつ……グスタフがここから程近い店に出没していたというお話は、報酬を支払うに十分な内容です。いいでしょう、メーニャン様には特別に俺達の馴れ初め、お話しして差し上げますよ」
「おっ! それはそれは、ありがたき幸せ……と言いたいところですけど。僕はゴシップ、専門外でして。最初から、記事にするつもりなんてありません。ただ、その代わり……」
「……あぁ、そういう事ですか? そのお顔は……ティファニーさんに贈り物の予定があるのですね? ご用向きは誕生日プレゼントですか?」
「アハハ……ま、まぁ……そんな所です」
「全く……メーニャン様はちゃっかりしていらっしゃるのですから。分かりましたよ。大幅にお勉強いたしますので、まずはオーダーをお伺いしましょ。えぇと……ティファニーさんのお誕生日はいつですか? 誕生石から石を選んでみるのも、一考かと」
「来月なんですけど……」
「来月……11月ですね? となると、トパーズかシトリンになりますか。ティファニーさんの雰囲気だと、こちらのインペリアル・トパーズが良さそうですかね」
「いやぁ……これまた、綺麗な石ですね。ですけど、インペリアルだなんて、高そうな響き……。その、お値段はいかほどでしょうか? 予算は銀貨5枚なのですけど……」
「ですから、お勉強すると言っているでしょうに。よろしければ、ネタの報酬も含め……そうですね、半値の銀貨3枚にてご提供いたしますよ? もちろん、鑑別書付です」
交渉成立。満面の笑みを作る想定外の難敵から、予想外の情報を受け取って、ラウールも気分がいい。その代わりに、貴重なインペリアル・トパーズを身売りすることになったが。この程度であれば、王家の紋章を手放すまでには、馬鹿げたことではないだろう。




