ヒースフォート城のモルガナイト(7)
「……あの、ソーニャ。ベッドは2つもあるのだし……。わざわざ、僕と同じ方に入らなくても……」
「あら、そうですか? フフフ……この期に及んで、何を恥ずかしがっているのです」
「いやいや。これを恥ずかしがるのは、当然だろう……?」
昼間の観光の時から、少々距離が近いとは思っていたが。まさか、こんなにもピッタリくっつかれるとは思いもしないなかったモーリスにとって……この状況で眠れというのは、無理にも程がある。一応は辛うじて背中を向けてみるものの、ソーニャの方は攻撃の手を緩めるつもりもないらしい。その上でピタリと背中にくっついてくるのが、更に居た堪れない。
「あ、そうか。ソーニャはこっちのベッドがいいんだね。だったら、僕はそっちに移動するから……」
「まぁ! そんな訳ないでしょう?」
「あの、だけど……これだとお互いに狭いし、眠れないし……」
背中越しに弁明しているモーリスの言葉を無視して、彼の背中の傷跡に指を滑らせるソーニャ。その指先に……先日のご乱心の際にも、この古傷を殊の外彼女が気にしていたのを、モーリスは俄かに思い出していた。
「……気になる?」
「えぇ。とても気になります。古い傷みたいですが、この様子ですと……相当に酷い事をされたものなのではないかと……」
「酷い事、か。……僕の方はそこまでではなかったのだけど、今思えば、僕が普通だった分、ラウールには随分と苦しい思いをさせてしまったかな。本当にかなり前のことだけど……この傷は母さんと……ラウールとで僕達が商品だった時に作られた傷でね。僕の方は見せ物としても、使い物にならなかったから。鞭打ち1回で済んで、まだ良かったのだけど……」
「……でしたら、是非こちらを向いて下さいませんこと? ……この傷を見つめるのは、私もとても辛いですわ」
さも悲しいと……そこまで言われて、仕方なしにソーニャに向き合うが。その寂しそうな瞳に、かつての母親と同じ輝きを見出した気がして、今度は思わず目を逸らしてしまう。
「あら? 本当にモーリス様は奥手なのですから。……フフ、遠慮しなくてもいいのですよ? ……そもそも、私はそちら用に作られていたのですし。商品だったのは、私も一緒ですわ。テオ様に助けていただくまでは……自分の存在意義を持てないまま買い手がつくまで、くる日も来る日もボンヤリとしていましたっけ。……そう言えば、モーリス様はご存知?」
「……えぇと、何を?」
「例え相手が不実であろうとも、例え相手が本気でなくても。私達は……自分が本当に好きな相手に抱きしめてもらえれば、確かに愛を感じることができるのです。だから……この身が砕ける前に、そんな相手に巡り会えたなら……それは何にも変え難い、幸せというものでしょう」
「愛、か……。そう言えば、母さんも父さんの事だけは……あぁ、いや。……何でもない。そんな事を言ったら……ラウールに怒られてしまう」
そこまで言い合って、互いにラウールの必要以上の不機嫌な顔を思い出したのだろう。どちらともなくクスクスと笑うと、更にソーニャが身を寄せてくるので勢い、抱きしめてみる。自分の抱擁が彼女を満たす事になるのかは、分からないが……据え膳は食わずとも、こうしていれば少しは納得してくれるだろうか。




