牙研ぐダイヤモンド(5)
ラウールがガレージから続くドアを潜れば。店内はありがた迷惑な千客万来の空気で満たされていた。それでも、一応の店主として無愛想は振りまくべきだろうと思い直して。挨拶もなしに、ギロリと周囲を一瞥して見せる。
「ラウールさん、お帰りなさいませ……」
「えぇ。ただいま戻りました、キャロル」
帰って早々、視線を険しく尖らせるラウールに、彼の不遜に慣れているはずのキャロルもたじろいでしまうが。それでもきちんと旦那様の状況も見極めては、最適解だろうと思われる反応を示した。
「ジェームズの付き添い、お疲れ様でした。すぐにコーヒーを用意しますね」
「うん、そうしてもらえるかな。……あぁ、因みに。ジェームズの怪我も経過はいいみたいだから……イノセントにももう少しで散歩にも行けるだろうと、伝えて」
承知しました……と、いつも以上に丁寧な調子でキャロルがコーヒーの準備をしに、2階へと上がっていく。そうして、きっと接客に苦慮していた奥様を無事に店先から逃がしたところで……改めて、口元をへの字にしてお客様に向き直るラウール。
「一応、改めて申し上げておきますと。ウチはそんなに気安い店ではありません。冷やかしは帰った、帰った。あなた達に差し上げるネタは何もありませんよ」
「そう言わずに、王子様!」
「是非にお話をお伺いしたいのですけど! 特に、奥様との馴れ初めとか……」
これではようやく回復の兆しを見せていたご機嫌が、台無しではないか。
そんな事を考えながら、ジェームズは抱っこの状態ながらも、ハラハラとラウールの顔を見上げるが。予想外にも、ラウールは非常に落ち着いている様子。明らかに疲労感の滲むため息を吐くことこそ忘れないが、冷静にジェームズをカウンター横のベッドにそっと降ろすと、仕方ないとばかりに民衆の皆様に奇妙な提案をし始めた。
「なるほど? 要するに、あなた達は俺達の生活をぶち壊してでも、記事のネタが欲しいと?」
「い、いや、そこまで申しているわけでは……」
「ですが、ほら! 街の皆様に少しくらい、情報のおすそ分けくらいして下さってもいいでしょう? なにせ……」
「なにせ、王族なのですから……でしょうかね? ……プライベートの切り売りは王族の仕事ではないとも思いますが……まぁ、公務にも顔を出した以上、多少は仕方ありませんか。……いいでしょう。でしたら、今から申し上げる条件を満たした方にとびっきりの情報を提供するとしましょうか」
「とびっきりの情報⁉︎ そ、それは一体……?」
「おや? 先ほど、おっしゃっていたではないですか。俺とキャロルの馴れ初め、聞きたいのでしょ? ですが、タダで話せるほど、彼女との出会いは陳腐ではありません。ですから……」
今から、申し上げる条件をバッチリ記事にしてくださいね?
そうして、とびっきりのデビルスマイルを浮かべては、さも愉快そうにラウールがつらつらと条件を提示し始める。しかし……野次馬根性というのは、本当に見上げ果てたものである。あのラウールの悍ましい笑顔にさえも怯えないのだから……状況を見守っているジェームズにしてみれば、彼らの図太さは驚嘆に値する。
「なに、プロの皆様にかかれば、簡単なことです。実は、とある方からの依頼で探している宝石がございましてね。呪いのダイヤモンド……こいつの情報を集めてきて欲しいのです。あぁ、先に言っておきますと……ガセネタはご勘弁を。俺が欲しいのは、本物の情報だけです。もし、俺達のプライベートと交換するに相応しい情報だった場合は、ご所望のネタを提供しますよ」
「の、呪いの……ダイヤモンド?」
「えぇ。呪いのダイヤモンド。実は、この店はそう言う曰く付きの宝石を専門に扱う店でしてね。因みに、売り物にもそういった宝石が紛れていますので、ご注意を。あまり不用意なことをすると、不幸に見舞われるかも知れませんよ?」
それでもよろしければ、情報と一緒のご来店を心よりお待ちしております。
そんな事を店主が嘯けば。更なる彼の雑多な真心の籠ったご挨拶には、流石の野次馬達の顔も引き攣る。
……こういう時のラウールの笑顔は、冗談抜きで恐ろしい。この世のものとは思えない、悪意の宿った嘲笑。広角をキュッと上げて、口元だけは満面の笑みだが。目元には剥き出しの敵意と、眉間には険しい皺の数々。……この笑顔を前にすれば、本物の悪魔さえも逃げ出すかも知れない。
「あっ、そろそろ夕刊の記事を上げないと……」
「お、お邪魔しましたッ!」
呪われたら大変だと、慌てて退散していく記者達に……やれやれと首を振るラウールだったが。彼はきっと、笑顔だけで相手を呪い殺せるに違いない。
「……おや、歯応えのない。あの調子では、情報提供は望み薄ですかね?」
【ナニも、そこまでしなくても……】
「いいではありませんか。これで、ようやく静かになりましたし。……それに、場合によっては本当に情報を持ち帰ってくる方もいらっしゃるかも。ククク……それはそれで、とっても楽しみですねぇ……!」
【ラウール、ムこうがわ、モれてるゾ】
「おっと!」
そこまでやり取りしたところで、キャロルがコーヒーを運んでくるが。すっかりいつもの静かな店に戻っているのに、訝しげに首を傾げる。
「あれ? 皆様はどうされたのですか……?」
「うん、ちょっとしたネタを振りまいて、お引き取り願いました。……多分、しばらくは静かに過ごせると思いますよ」
「そ、そうですか……」
そうして、今度は器用に普通の笑顔を振りまいて見せる飼い主に、更なる戦慄を覚えるジェームズ。甥っ子が悪魔っぽくない笑顔をできるようになったのは、いい事だが。彼の鮮やかすぎる変化に、ジェームズは混乱を禁じ得ないのだった。




