ヒースフォート城のモルガナイト(6)
「ルームサービスを頼んだ覚えはありませんが……」
「い、いや……確かに303号室宛とお伺いしています……」
「……?」
借りた見取り図を手帳に書き写していると、俄かにノックするものがあるので応じてみるが……ドアの先には、ベルボーイが律儀な様子で、盆にクロッシュを載せて立っていた。その様子を訝しげに思いつつも、念のため盆の上の料理の出所を聞いてみると、これまた知り合いでもなんでもない名義で注文されたものらしい。
「……やっぱり、何かの間違いでしょう。俺には、ロチェッタと仰る知り合いはいません」
「左様ですか……お手紙もお預かりしていますが、間違いと言うことでしたら仕方ありませんね。お休みのところ、失礼いたしました」
「いえ、大丈夫ですよ。わざわざご足労ありがとうございます」
落ち度も不足もないベルボーイに、一応の労いと一緒にチップを渡して引き取ってもらうが……何だか嫌な予感がする。そんなどこか騒つく気分を努めて落ち着かせようと、ビューローに戻ると……すぐにまた、ドアをノックするものがあるではないか。そうして、仕方なしに不機嫌さを募らせながら出てみると、今度はタダならぬ様子のモーリスが立っていた。
「……おや、兄さん。どうしました? そんなに慌てて……」
「どうしよう、ラウール……とっても不味いことになってしまったのだが……!」
「不味いこと……?」
気を回して用意してくれたらしい、晩餐の袋を押し付けつつ……命からがらたどり着きましたという風情のモーリスの話を聞くにつれて、自分が何やらゲームの景品に祭り上げられているという事実に直面する、ラウール。なるほど……あの場違い娘は警視のご息女だったか。
「それは参りましたね……明日から本格的にこの城を探索しようと思っていたのに……」
「探索?」
「えぇ。ソーニャの宿題ですよ。彼女、俺には特別なパンフレットを用意してくれていましてね。ヒースフォート所縁の落とし物を拾いに行こうと思っていたのです。……まぁ、こればっかりは仕方ありませんか。それで? そのゲームの参加者は、何名ほどいるのですか?」
「……僕が知る限りで、4人……かな。ただ、正確な数は名簿を見ない限り、なんとも……」
2人でコーヒーとフィッシュアンドチップスを摘みながら、仕方なしにため息をつく。こんな事になるのなら、ツアーの参加者と顔合わせくらいはしておくべきだったか。
「……そう。では……兄さんの立場から見て、俺が彼女達を拒否するのは、大丈夫なのですか?」
「もちろん、僕の立場も気にかけて欲しいけど……こればっかりは、気持ちの問題だからね。嫌なものは仕方ないだろう」
「クク……でしたら、俺のほうは問題ありませんよ。こうなれば、とことん叩き落とすまでです」
「あ、でも程々にしてくれよ。……僕の方は帰ってからも、みんなと仲良くやっていかなければならないのだし」
そこまで言って、力なく苦笑いするモーリス。どうやら、ラウールの軽はずみの流れ弾をしっかり食らったらしい兄の疲れた背中を見送りつつ……非常に申し訳ない気分になるが。こうなってしまった以上は仕方ないだろう。それに……。
(多分、兄さんの方は彼女達を叩き落とす苦労はカットできると思いますけどね……)
モーリスが身近にいる最大の難敵に気づけているかは怪しいが、その事に関しては口出しは不要だろう。そんな事をしたら……折角の素敵な宿題を用意してくれた同僚に、申し訳が立たないではないか。




