蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(19)
これはどういう状況なんだ? どうして、こんな事になっている?
「おいおい、シャレになんねぇぞ。なんで、あいつ……こんな所で退化してるんだよ?」
(あの姿になっているとなると……殺したい相手を見つけたんだろうね)
ジャックもまた、肉切り包丁を気取るユアン片手に目的地を彷徨っていたが……当然ながら、入り口付近から続く研究エリアに気づかないはずもなく。そうして踏み込んだ試験場にズラリと並ぶ、無防備な宝の山の保管状況に呆れてしまう。しかし、そんな彼を更に呆れさせる光景がもう1つ。……顔見知りだったはずの同胞が早速、嬉々として貴重な資源を前に暴れているではないか。
「ユアン、あれ……止めた方がいいのかな?」
(どうだろうね、ジャック。ただ、こうなるとブライアンは相手を殺すまで、落ち着かないだろうし……)
3番目の駿馬は気性も荒い、暴れ馬。彼のディテールを同僚として知っているユアンは、その暴れ方は相棒程度ではないことも知っている。既に頭に3本の角を生やしたドラゴンの姿になっている時点で、彼は冗談抜きでターゲットを完膚なきまでに屠るつもりらしい。
「しかし……あいつ、退化したのはいいけど。どうやって元に戻るつもりなんだろうな?」
(彼は特別仕立ての存在だからね。……僕達と違って、核石の補充は必要ないんだよ。来訪者に近しい作りをしていると聞いているし……彼の首輪は特殊能力に対する、制御装置としての意味合いも含まれていたと思う。それで、勝手に暴れても元に戻せるように、リミッターが付いているって話だよ)
「なーるへそ。……要するに、あいつは振り切れちまっても、最低ラインは確保出来るってワケだ。ハハッ、研究成果サマサマってところか?」
ブライアンはホープダイヤモンドを核石として持つ、新型のカケラである。核石自体は究極の彗星が吐き出してから久しいが、ホープ・ダイヤモンドは究極の彗星が生み出した核石の例に漏れず、呪い付きだった。
「しかも、ホープ・ダイヤモンドって言えば……呪いを中和するために、カット方法から研究されたって曰く付きの奴だったよな?」
(そうだね。核石の大きさは、カケラの性能に影響するけど。そのまんまだったら、制御不能な奴が出来上がってしまうって、判断になったらしい。だから……元々は112カラットもあったのを、泣く泣く67カラットにしたって聞いている)
しかも……と、ユアンが肉切り包丁のままで、嘆息混じりに続けることによると。コ・イ・ヌールやオルロフ・ブラックダイヤモンドのカケラとは違い、ブライアンはカケラ産業の研究手段が確立されてから生み出されたトロッターだったため、性能だけはルサンシーやユアン・ジャックよりも尖ったものがあるのだと言う。それが……。
(彼は来訪者に近しい存在として、作られたからね。……究極の彗星の気質と性能とを、少しだけ受け継いでいるんだよ)
「……そりゃ、また……ご厄介なことで……。何で、そんな奴をこんな場所の奪還に起用するかねぇ……」
だとすれば、やっぱり止めに入るべきか。このまま小さな究極の彗星に暴れられたら、研究所ごと吹き飛ばされてしまう。
「奴の狙いは、第二の太陽になる……だったけか?」
(そう、だね)
「それにしちゃ、弱っちい光だなぁ、オイ」
(そう言ってやるなよ。……しかし、こんな姿を見せられると、彼とフローライトを組ませた意味がよく分かるね)
「全くだ。……趣味が悪すぎて、吐き気がする。ここはお可哀想なフローライトは助けてやった方が、いいかもな」
究極の彗星の気質と性能。自らこそが、最も輝ける世界を作ること。その弊害となるものは、全て溶かさずにはいられない、気質と……それを可能にする性能。本来、火を吹くのはコランダムの特技ではあるが、究極の彗星の強烈すぎる輝きは、青い悪魔の光となって周囲を熱し続けている。
【カハハッ! ほれ、どうした、おジョウサマ! ダイヤモンドはヒカるだけじゃ、なかったのかい⁉︎】
「……光は美しくとも、中身はお下品ですわね。もう少し、上品かつ控え目に輝くことはできないのかしら?」
だが、驚くことに……性悪なドラゴンを前にしても、お嬢様と呼ばれた黒髪の少女は一歩も引かない。それどころか、どこから取り出したのかは分からないが……細身の体にはあまりに似つかわしくない、ハルバードを構えては果敢に立ち向かっていく。
【イサましいねぇ、おジョウサマ。……そのハルバードもトクチュウヒンかな?】
「おっしゃる通り、これはとても素敵な特注品なの。……余裕ぶっていられるのも、今のうちよ」
そう言うが早いか、お嬢様はガチャリと金属音を響かせ、足を踏み鳴らし……凄まじい速さで青い光彩を放つ悪竜へ、突進していく。目にも止まらぬ速さとは、このことを言うのだろう。あっという間にブライアンとの距離を縮めると、軽やかに飛び上がり、横に一閃。見事に金剛石の3本あった角を、2本に減らしてみせた。
「……ユアン。あの子、結構やるみたいだぞ?」
(みたいだね。なるほど……あの子も普通じゃなさそうだ。ひとまず、ここは……)
「あぁ。……とにかくフローライトだけでも、助けてやろうな。そんでもって……」
(場合によっては、ブライアンに加勢した方がいいかもね)
「だろうなぁ。……女の子相手に負けそうだとなったら、いよいよ本気になりかねないし」
角を落とされても、平然とヘラヘラと牙を鳴らしているのを見る限り、ブライアンはまだまだ遊び足りないと見るべきだ。それどころか、戯けた様子で尻尾を振っているとなれば、ご機嫌もまだいいのだろう。
【ふふっ……ホントウに、おジョウサマはユウカンだねぇ。だけど……ツノはオとせても、ウロコはクダけないみたいだね? シってる? ダイヤモンドにはタシかにヘキカイっていうジャクテンはある。だけど……それはトクテイのホウコウからコウゲキされたトキのハナシさ。……コスられたり、ヒっカかれたテイドでは、ワれないんだよ】
そこまで言って、ニイっと口元を歪ませるブライアン。……それもそのはず、彼の余裕と自信には、確固たる根拠が存在する。
ダイヤモンドには確かに、劈開という弱点はあるが。それさえカバーできれば、最強硬度を持つ宝石であることも間違いない。靱性はコランダムに劣るものの、硬度は他の追随は絶対に許さない……唯一無二の至高の宝石であるのは、疑いようのない事実である。それ故に……キューレットを埋めたダイヤモンドの鱗は、劈開をも最小限に抑えた最高の防御を誇る鎧と化す。お飾りの角は落とされても、鱗の掘削は許さない。それこそが、ブライアンの自信の拠り所であり……矜持と傲慢の出所であった。




