蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(18)
こいつは中々のモンだな。
ブライアンは奪い取った2振りの剣を、颯爽と振るう。やや軽く、きちんと刃の向きを意識してやらないと、切れ味が落ちるみたいだが。本来は磔刑用だったのだろうから、その点は仕方がないのかもしれない。
(ふ〜む……この鈍い輝きは、チタンコーティングによるものかな?)
命の禁制品のディテールを知らされているブライアンにとって、手元の剣の主成分を予想するのは容易い。ダークオーラクォーツの核石。ちっぽけな石が適性さえもない人間を唆し、悪魔に貶めたのは……それ自体が命を燃やして作られる、意思を持つ特殊鉱石だからとされている。だが、命を燃やして核石を生成しているのは、こちら側も一緒のはず。それなのに……。
「ヒュゥッ! おっと、いっけねぇや。今は考え事をしている場合じゃないか」
命の出来の差はどこにあるんだろうと、ブライアンが逡巡する間もなく。的確に闖入者を叩き出そうと、メイプル色の堕天使が腕を薙ぐ。横に縦に、そして斜めに。見事なまでにサンプルを避けながら、ブライアンを追い詰めるのだから、本当に大したものだと……追い立てられている側だというのに、ブライアンは尚も聖母様の慈悲深さに感心せずにはいられない。しかし……。
「こいつはちょっと、分が悪いか……」
「なぁ、ブライアン。……ここは撤退した方がいいんじゃないか?」
「う〜ん……この程度の相手に、敵前逃亡はちょっと、なぁ。……そんなんじゃ、まーた、おまけのトライコーンって言われちまう」
しかし、即席で得られた武器はあまり役に立たないと考えた方がいいだろう。チタンナイフというのは、得てしてステンレス鋼のナイフより遥かに切れ味が劣るのが一般的。しかも、この武器での攻撃は、彼女には逆効果に違いない。おそらく、楔石の効果だろうと思われるが……彼女は剣を取り込んで、そのまま武器として振るうことができるらしい。果敢にお揃いの剣を振るったところで、あっさりと取り込まれてしまう。
(やっぱりお仲間を傷つけて、彼女の理性を吹き飛ばすか……或いは、想定外だがここで相棒を消費するか……)
意外な難敵に、どちらの強硬手段をしでかそうかと考えていると。獰猛なブライアンでさえも手こずる難敵の背後から、更に厄介そうな相手がこちらを見つめているのにも気づく。
「……相棒。どうやら、俺達は逃げ遅れたみたいだぞ」
「はっ? 逃げ遅れたって……私達であれば、逃げるくらいは出来るのでは?」
「だと、いいんだけどな。多分だが……目の前のお嬢さんが見逃してくれても、他の奴はそうとは限らないみたいだぜ?」
【お、おジョウサマ! いけません、こっちにキては!】
ブライアンの視線の先に、誰かがいることにも気づいたのだろう。両腕を振り下ろすのを止めた堕天使の背後から、ガチャリ、ガチャリと人間の足音には到底、相応しくない機械音と一緒に「お嬢様」と呼ばれる少女が歩み出る。
「シオン……もう、いいわ。苗床は集め直しもできるけど、あなたの替えはないもの。……あなたがこんな奴相手に、そこまでしなくてもいいのよ」
【しかし……】
まるで手負いの聖母を庇うように、穏やかな様子で「お嬢様」が尚もブライアンの方へ近づいてくる。そうされて、一方のシオンは何かを諦めた様子で……器用に体に突き刺した剣を引き抜くと同時に、元の姿に戻ってみせた。
「へぇ〜……こいつは随分と、便利なオモチャだね、お嬢様? ……なるほど、なるほど。スフェーンの心臓を使えば、女のカケラでも退化状態を自在に制御できるんだ。……ふふっ、ますます胸元がどうなっているか、気になるなぁ」
「お黙り! シオンはあなたが思っている程、安っぽい女じゃなくてよ!」
「あぁ、そうなんだ? それは失礼しましたね」
口先の謝罪とは裏腹に、小馬鹿にしたようにニタニタと口元だけで笑うブライアン。その様子に、気分を害されたのだろう。「お嬢様」の幼くも綺麗な顔が、グシャリと一気に歪む。
「……ふふ。本当に、これだから芸のないダイヤモンドは困るわよね。……出来ることと言えば、無遠慮に輝くだけじゃない」
「随分な言い草だね、お嬢様。いいかい? ダイヤモンドは押しも押されぬ、最強の宝石なんだよ。……たかが、アレキサンドライト程度に、負けやしないさ」
「あら……劈開のないアレキサンドライトこそ、最強の宝石だと思うけど。伊達に、宝石の王様を名乗っているわけではないわ」
「お嬢様」は父親だという、アレキサンドライトの探究者へ並々ならぬ敬愛を抱いている様子。ダイヤモンドなど、敵ではないとばかりにこき下ろしては、アレキサンドライトこそが至高の宝石なのだと胸を張る。一方で、ブライアンに敬愛なんてものがあるのかと、言えば。……ニュアジュに対する敬意もなければ、どこかにいるらしい「ご主人様」への忠誠なんて、欠片もない。
だが、いくら作られた身だとは言え、ブライアンも開発技術の粋を集めた「最高傑作」には違いない。それに、自身の身に戴く核石には並々ならぬ愛着もあれば、矜持もある。ブライアンは至高の宝石・ダイヤモンドの最高傑作。そんな彼にとって、持ち主を馬鹿にされるのは大いに結構だが……自分を馬鹿にされるのだけは、我慢ならない事だった。
「ふ〜ん……お嬢様ってのは、揃いも揃って深窓ってトコ出身みたいだね? こうも世間知らずだと、お嬢様にとっては悪い事も教えたくなっちゃうな。ダイヤモンドが最高だってこと……たっぷりと体に刻み込んであげるよ」
ここで本当の「王様」はどっちなのか、白黒着けるのも面白い。それでなくても、2番手のお嬢様は敵意も戦意も十分に激らせている。そんな相手を前に、敵前逃亡はあり得ないではないか。




