蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(16)
「このような所にいらっしゃるなんて。あなた達も旦那様に救いを求めて、お越しになったのですか?」
「おや? 君はここの職員さん……いや、違うか。そんなに武器を下げている時点で、警備員かな。まぁ、いいや。どっちにしても、ちょっと案内を頼めない?」
いかにも怪しい仮面姿のブライアンとファントムを前にしても、忽然と姿を表した少女は物怖じすらしない。メイプル色の哀しげな瞳を翳らせ、少しばかり疑り深い表情をするものの。きっと、慣れているのだろう。ブライアン達を同類だと見抜くと、さも慈悲深い様子でお労しいと嘆いてみせる。
「あの森を越えられた時点で、人間ではなさそうですね。こちらへどうぞ。今、旦那様をお呼びして参ります」
「へぇ〜……そいつは有難いね。まさか、おもてなしまでしてもらえるんて、思いもしなかったよ」
ブライアンが戯けても、少女の硬い表情は変わらない。部屋まで案内される道中も、飽きもせずに試験槽が並ぶ空間が続いていくが……どうやら、先ほど見つめていた試験槽は「石英」のエリアに設置されていたものらしい。ラベルに書かれている鉱物名が青玉、紅玉に続き、金緑石……と、ラインナップも目まぐるしく変化していく。だが……。
「……石英が圧倒的に多いな。相棒の傷を癒せそうな、素材はなさそうに見える……」
「相棒……あぁ、そちらの方ですわね。あなた様は、どんな宝石に取り込まれてしまったのですか?」
「フローライト、という宝石だ」
「フローライトですか。……なるほど。どうやら……あなた達はお客様ではなさそうですね?」
ファントムが何気なく、正直に答えるが……彼の答えに、思い当たるものがあるのだろう。ピタリと歩みを止めると、クルリとブライアン達に向き直る少女。そうして、無慈悲にも「お引き取りを」と呟く。
「おやおや? どうして。折角、こんな所まで来たのに……って、あぁ、そうか。俺の存在には心当たりはなくても、相棒の存在には心当たりがあるんだな?」
「左様ですね。最近、フローライト絡みの捕物がございましたし、よく存じております。それに……お嬢様が非常に気にされていましたもの。ロンバルディア王宮に群がる蛾が、無様に飛び始めた……と。あなた達、レディ・ニュアジュの手の者ですね?」
「おぉ! そこまで知ってたの? ふふっ。ニュアジュも喜ぶんじゃない? ライバルにきちんと認識してもらえているのだから」
「……ライバル等と、おこがましい事を。恥を知りなさい」
先程までの柔和な印象を見事に切り替えて。目の前の少女が、ブライアンの軽口を諌めようと剣を抜く。
「ヒューッ! こいつは勇ましいこと、この上ないね。言っておくけど、俺にはレディ・ファーストなんて概念はないぜ? ……逆らったら、問答無用で木っ端微塵さ。それでもいいのかい?」
「愚問ですね。私はアンダルサイト……贖罪を胸に抱く者。曲がりなりにも、それなりの硬度を持ちます。……相手が金剛石や鋼玉でなければ、負けません」
「じゃ、1つ……いい事を教えてあげるよ。相棒は確かに、蛍石の変異体だけど。……俺はダイヤモンド、君の言う金剛石のカケラなんだけど?」
「嘘をつくものでは、ありませんわ。あなたの青い瞳からしても……」
「いや? 嘘じゃないよ。俺はホープ・ダイヤモンドっていう、ブルーダイヤモンドを核石にしている」
「ブルーダイヤモンド?」
アンダルサイトの少女はあまり、宝石の種類には明るくない。この世界にカラー・ダイヤモンドなる希少な宝石がある事を、彼女は知らなかった。
「……しかし、残念だねぇ。お嬢さんはあまり、聞き分けがいい方じゃないみたいだね。噂の怪盗紳士はすんなりと納得してくれたのに」
だからこそ、ブライアンの妄言が信じられないと同時に……聞き分けがないとまで言われては我慢ならぬと、少女は尚も勇ましく剣を構えた。腰に7本も剣をぶら下げているのは伊達ではないと、両手それぞれに細身の剣を握りしめる。
「……そうそう、コトを構える前に名前を聞いてもいい? 俺はレディ・ファーストは知らないが、殺した相手の名前は覚えておくタチでね」
「貴方に名乗るための名前は持ちません」
「そっか。それじゃ、君は名無しでコレクションボックスに収める事になりそうだなぁ。……残念だ」
ブライアンは自分に仇なす相手は全て、屠ってきた。人間だろうと、カケラだろうと……邪魔な者は何もかも、全て。彼の中にあるのは、相手が「敵か味方か」の区別だけである。だが、殺した相手がカケラだった場合は、ちょっとした戦利品の副賞が出るものだから、どちらかと言うと同族狩りの方が趣味に合うと、本人は思っていたりする。
「君の核石はどんな色なんだろうね? あぁ、身ぐるみ剥いで、胸をまさぐって……心臓を抉るのが、楽しみで仕方がない!」
「無粋なことをッ!」
破廉恥な上に、残酷な事を宣う暴漢相手に、果敢に立ち向かうアンダルサイトの少女・シオン。鋭い鋒を振り回し、空気を切り裂き、ブライアンの喉元を確実に狙う。
「おっと! 危ない、危ない。いやぁ……お嬢さん、なかなかやるじゃないの!」
「……!」
しかし、ヒュッと風を切る鋭利な効果音はあっても、相手の喉を切り裂くには至らない。ブライアンがシオンの剣戟を、容易くつまんでは止めて見せるではないか。
「クッ……!」
しかも、続く二手目もアッサリと捕まえられて。仕方なしに手元の武器を諦め、手放すシオン。そうして、バックステップでブライアンとの距離を確保すると、腰から新しい剣を抜くが……。
「折角だし、こっちも武器を使わせてもらおうかな。……うん、こいつはかなりの得物みたいだし」
「……」
彼の手元に残った武器は有効活用されてしまうのだから、悔しいにも程がある。それでなくても、シオンが与えられている武器は彼の言うように、それなりの逸品だ。旦那様から支給された特殊な持ち回り品でもある以上、易々と譲る訳にもいかない。
「仕方ありません。ここは少し……本気を出さないといけないようです」
「あれ? ……まだ、本気じゃなかったの、お嬢さん」
「えぇ、そうですね。……まだ、本気ではありませんでした」
あまり賢い選択とは言えないが。お嬢様にこれ以上の獲物を与えない意味でも、シオンはこの場を退くわけにはいかないと、覚悟をする。そうして、残った5本の剣をまるで磔刑に誂えるかの如く、自らの体に突き刺し始めた。
「……お嬢さん、何してるの?」
【……ワタシはツミをセオう、ショクザイのニセセイボ。アンダルサイトのタッケイをモって、フサワしいミニクいスガタになるのです】
さぁ、穢れたもの同士、共に行きましょう。……安楽の地へ。
5本の剣を取り込んで、アンダルサイトの少女は禍々しい翼を捥がれた堕天使へと姿を変える。彼女が自嘲するように……メイプル色に染まった身は美しくも醜い、不浄の色を示していた。




