蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(15)
「へぇ〜……噂には聞いてたけど。こいつはまた、随分なコレクションだなぁ?」
「コレクション? ブライアン、これは一体……なんなのだ?」
「あっ、そっか。……その辺のこと、説明してなかったっけ」
ただただ、シンプルなオーダーのみを説明されていたファントムには、目の前の光景は異常にしか映らない。
地雷原をビクビクしながら越えて辿り着いたのは、質素極まりない見た目の建造物。ブライアンの言によれば、目的地はちょっとした研究所なのだと、言われてもいたが。きっと研究所の主人は、こんな所に生身でやってくる客人がいるなんて、思いもしないのだろう。入口には鍵もかかっていなければ、見張りらしい見張りもいなかった。だが……。
「……こいつらは、俺達みたいな存在を支えるための、苗床ってヤツだよ」
こんな情景を並べられたら、例え入り込めたとしても、常人であればすぐさま逃げ出すに違いない。実際に、少し前までは常人だったファントム1人だったのなら……とっくに逃げ出している。
「ほら、こいつなんか、分かりやすいんじゃない? まだ、人の肌色を残してる」
しかし、ファントムの共犯者は根っからの怖いもの知らず。気安くコンコンと、ブライアンが叩いてみせた試験槽の中には、苦悶の表情をありありと残したままの人型の何かが収まっている。ブライアンの言う通り、手足の先はまだ見慣れた肌色をしているが……それ以外の部分は灰色の何かが侵食していた。全身の至る所から灰色の突起物が出ているのを見る限り、それらは内部から芽吹いたもののようだ。
「まさか、これは……元々は人間だったのか?」
透明な液体に満たされた試験槽のプレートには「ルメオ、ぺピニエール・石英*104号」とラベルが貼られている。……きっと、目の前の苗床とやらは「ルメオ」という名の男性だったのだろう。体つきと、辛うじて判別できる自前の突起物から、そんなことを判断しつつも……ファントムはあまりに恐ろしい光景だというのに、禁忌に触れている怖いもの見たさに、今度は試験槽から目を逸らすことができなくなっていた。
「そう、興奮すんなって。あんたもこっち側だから、一応、説明しておくけど。俺達は一線を越えると、普通の食事じゃ満足できなくなるんだ。……そうなった時に必要なのが、こいつらみたいなモルモットから採れる宝石ってワケなんだけど。でも、核石が適合しないとダメなんだよなぁ。だから、自分専用の苗床を持つのは、俺達……来訪者の遺児にとって、贅沢であると同時に、保険にもなるんだよ」
今回のターゲットはアレキサンドライトだって、聞いてたんだけどな……と、ブライアンがさも不可解だと首を傾げる。目の前の被験体はラベルの通りであるならば、石英の苗床らしい。いや、目の前の彼だけじゃない。ズラリと並んだ試験槽には全て、ぺピニエール・石英と記されたラベルが貼られている。
「……102号が空になっているな」
「あぁ、多分……潰れたんだろうな」
「潰れた?」
「文字通り、さ。宝石の元に体を食い荒らされて、骨の髄までしゃぶり尽くされたんだ。そうなったら、骨も粉々、木っ端微塵。きっと、相当に痛かっただろうなぁ。骨ってのは、血管と一緒に神経も通っていたりするから。脊髄なんて、神経の束みたいなもんだし。……肉を食われるよりも、骨を食われる方が遥かに痛みが強い」
「じゃ、じゃぁ、もしかして……こいつはまだ、生きているのか?」
「当たり前だろ? そんじゃなきゃ、こんなに苦しそうな顔をしないって」
この上ない程に残酷な言葉なのに。ブライアンが仮面越しでも嬉しそうなのが、ファントムには伝わってくる。そうして、この男もまた、こちら側の狂人なのだと理解しては……ようやく、試験槽から目を逸らすファントム。これ以上見つめていたら、自分もまた、骨の髄まで狂人になってしまいそうな気がする。
「とにかく、行こうか? 相棒。俺達のお役目は、こいつらの持ち主をぶっ潰して、技術とコレクションを奪う。そんでもって、ここでするべきことはたった1つだ」
「持ち主を殺して、この研究所を手に入れる……で合っているか?」
「うんうん、その通り。よく分かっているじゃないの、相棒。……この先も、頼むよ。なんて言ったって、あんたの力が頼りなんだから」
「……」
ファントムの熱に対する、過剰な防衛本能と恐怖心。どうやらこの研究所でも、彼の情けない特性が役に立つ局面があるらしい。苦悶に歪んだ顔達の行列をやり過ごしても、尚……ファントムは自身の神経が縮んで、摩耗していく感覚に悩まされていた。




