蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(14)
「どうやら、ここが現場のようですね? ルサンシー様」
「みたいだねぇ、キャメロ君。それにしても……随分と、派手に吹っ飛んだもんだ」
きっと、爆発してから少し時間が経っているのだろう。辺りの落ち葉を吹き飛ばしているにも関わらず、焦げ臭い匂いは微塵も残っていない。しかも、すぐ側には力尽きた巨木が胴体を抉られた姿で、誂えたように横たわっていた。
「……要するに、これはジェームズの早とちりか?」
【うむ……そうなるかもシれん。スマない】
きっと、巨木にのし掛かられて、足元の悪魔が驚いて火を吹いたのだろう。そう、その場の誰もが思ったのだが。こう言う時に限って、1人都合の悪いことにも気づいてしまうラウール。ジェームズの早とちりだと、イノセントが指摘してはいるものの。……事故現場には、明らかな違和感があった。
(ここで気づかなかったことにすれば、キャロルの所に帰れる……)
やっぱり、ジェームズの早とちりってことにしておこう。うん、そうしよう。
……なんて、強引に自分を丸め込もうとするが。不必要な好奇心と、不釣り合いな使命感とに突き動かされ。仕方なしに、気づいたことを白状するラウール。
「……すみません、キャメロ少将。これ、多分……ジェームズの早とちりじゃないと思います」
「えっ? ラウール様、それはどういう事ですか? 現場に怪我人がいない以上、この木が倒れたせいだと判断するべきでは?」
「……だと、良かったんですけどねぇ。でも……このロートブーへ、今日の今日で倒れたものではないかと。だって……ホラ。断面にこんもり苔が積もっているじゃないですか。……今日倒れたものだったのなら、こんなに苔を蓄えているはず、ないでしょう?」
「た、確かに……。では、そうなると……?」
ここを通った馬鹿がいるって事ですよ。
口には出さずとも、いつも通りに皮肉っぽく肩を竦めると。足元の証拠を更に示して見せては……ここを通ったのは文字通り、馬か鹿だったのだろうと嘆息するラウール。
「……こんな所に、蹄の跡が残っています。ハッキリとアーチが繋がっているのを見る限り、こいつは奇蹄目の踏み跡……多分、馬でしょうね」
「キテイモク? なんだ、それは」
「哺乳類の分類の一種ですよ。馬は蹄が1つなので、奇蹄目。鹿は蹄が2つなので、偶蹄目。蹄跡を見れば、馬か鹿かの区別は容易です」
「ふ〜ん……」
ラウールの解説に、どれどれと……父親もどきから降りて、紅葉の合間を熱心に見つめるイノセント。そうして、「おぉ、確かに!」と満足げに納得すると、やっぱり抱っこしてちょうだいとラウールによじ登る。
「アハハ! ラウール君は本当に、いい父親やってるよね」
「……そいつはどうも」
「まぁ、君達の仲良しさは置いておいて。これ……要するに、そういう事だよね」
「えぇ。そういう事、でしょうね。ここを通った奴がいて、そいつが地雷を踏んだから、ロートブーへがとばっちりを受けた。だけど、踏んだ奴の死体もなければ、血痕も残っていない。……流血の樹海とまで呼ばれるここで、地雷を踏んでも血を流さずに済んでいるとなると……少なくとも、馬は特殊な存在だったのではないかと」
イノセントをヨシヨシと抱っこし直しながら、ラウールが嘆息しつつも……疑いの目を、何故かルサンシーに向ける。しかして、ラウールが疑るのにも当然ながら、それなりの理由があった。なぜなら……。
「……ルサンシー様は何かを知っていて、わざわざ俺を指名したんですよね? 相手の素性を……どこまで知っているんですか?」
「ふふ……流石に、インスペクターの切り札は鋭さもお墨付きってところかな? ……そう、だね。特徴とタイミングからしても、ここを通った奴が誰なのかはなんとなく、見当は付く。もちろん……目的やターゲットも、知っているよ」
素っ気なく言いながらも、ここを通った馬がどんな奴らだったのかを白状し始めるルサンシー。それでなくても、彼はつい先日まで向こう側の手駒だったのだ。……ある程度の作戦と内情くらいには、通じていた。
「ご主人様の手駒の主力は3人。まぁ、僕もラインハルトを出し抜いた本当の王様が誰なのかまでは、知らされていないけど。僕も含めて、呪いのダイヤモンドは全員、王様の手駒だった……いや、違うか。手駒であり、貴重な研究対象と言った方が、正しいね」
どこか独り言めいた訂正を加えながらも、自嘲混じりの寂しそうな笑顔で……ルサンシーが話を続ける。
「……で、中でもバイコーンのユアン・ジャックのペアはとっても器用なもんだから。そっちの王様のお気に入りだとかで、相当に汚い雑用もこなしていたみたいだね」
【バイコーン……マチガいない。そいつ、イノセントをサラったヤツだ。あいつのカメン、ツノが2ホンあった】
「……そっか。まぁまぁ、あいつは本当に働き過ぎだと思うな。それはともかく。ユアン・ジャックの最大の特徴は、2つの核石を分離したままで内包している事でね。2人合わせて100%の性能を発揮する、とっても珍しい変わり種なんだ。普段はユアンでいるけれど、暴れる時はジャックが表に出る。そして、ジャックが動いている間……ユアンは武器や防具、はたまたトロッターに変身することができるんだ。……ここまで器用だと、却って哀れだよね」
本当は彼らの核石を癒着させることが、最大の研究成果だったみたいだけど。
ルサンシーは自身さえも「研究対象」だと判じた最大の理由を、ユアン・ジャックの現状に求めたが。しかして、当のユアンとジャックは互いの個を尊重し、融合することを拒んでいる。互いに侵食することを否定し、互いに独立した存在を維持することで、互いの相棒を支え合ってきた。そして、彼らの頑固な抵抗をルサンシーは見つめてもきたし、認めてもいた。
「ま、今はユアン・ジャックに同情している場合じゃないか。とにかく、ちょっと急いだ方がいいかもね」
「それは、どういうことでしょうか?」
「イノセントちゃんを餌に、厄介なアレキサンドライトの留守を作り出すことで、ニュアジュは究極の彗星を覚醒させようとしているんだ。だけど、もっと厄介な邪魔者がいる事に……彼女は気づいてもいた。だから、ロンバルディアのメインミッションを成功させるついでに、サブミッションを進めることで、厄介者を排除する事にしたんだよ。……ラウール君にどっちも邪魔されたくなくて、ロンバルディアが手薄なこのタイミングを狙ったのさ。そう、彼女にとって目障りな原初のカケラ……アダムズ・ワーズを排除するために、それなりの手駒を投入してきたんだろう」
ルサンシーにはユアンが派遣された本当の理由が、ご主人様の憂慮が原因とまでは知らされていないし、本当の実行犯が別のペアだということも、知らない。しかし、有り余る証拠から地雷を踏み抜いたトロッターがどんな奴なのかくらいは判断できる。
「僕はこのまま森を進んで、オルロフ・トロッターに乗った死神がアダムズを狩る前に、アダムズを説得することをオススメするよ。アダムズは昔っから、究極の彗星への抵抗手段を研究してきたんだもの。……ここは協力を仰ぐのが、賢いやり方さ」




