蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(13)
「キャメロ君。ちょっと、いい?」
「大丈夫ですよ、ルサンシー様。どうしました?」
部下だけに危ない場所を歩かせるわけにはいかないと、キャメロは自身も地雷探知機と共に、調査に加わっている。一方で、興味本位で付いてきた……ワケではないらしく、何かの心当たりがある様子のルサンシーも、赤い落ち葉の上をサクサクと音を鳴らしながら歩いていた。
「……ジェームズ君が聞いた、爆発音とやらだけど。本当に、巻き込まれたのは人間なのかな?」
「それは一体、どういう意味でしょうか?」
「だって、キャメロ君も見ただろ? さっきの物々しい杭の群れを。……ここがどんな場所か知らない奴はいないだろうし、ビッシリ立っていた杭の先を越えようなんて、考えるのは……」
「余程の馬鹿」か、キャメロ達のような「訓練された軍人」か、或いは……。
「特殊な存在かも、という事でしょうか?」
「さっすが、キャメロ君は話の通りが早いね。……多分、そういう事じゃないかな。だって、君達もここがどんな場所かを知っていて、地雷用の戦車やら探知機やらを持ち込んでいたんだろ? そうじゃなきゃ、ここまでスムーズに調査なんかできないだろうに」
「その通りですよ。ロンバルディアからマルヴェリアへ移動するには、通常は列車を使いますが……大幅に迂回するルートになるため、急いでいる場合は列車での移動は採択できません。……今回はイノセント様のお命がかかっておりましたから。移動だけで、4日もかけるわけにはいかなかったのです」
そこで、敢えて「流血の樹海」のキワを結んだルートを移動することになったのだと、手元の探知機にも注意を払いながらキャメロが答える。
「かつては地雷除去作業もロンバルディア側でしていたそうですが……おっと! この先は反応あり……と。まぁ、先程から、この有様ですし。少しでもルートを外れると、ドカン! では堪ったものではありません。なので、今では、ここが誰もが知る危険地帯であることを大前提とし、除去作業もストップしているのです。大量の地雷を撤去するのに必要な人員数も、作業に伴う被害も、膨大なものでしたから」
「しかも、こいつをばら撒いたのは、シェルドゥラ側……と。そこまでロンバルディアが面倒を見てやる義理も道理もないよねぇ」
「アハハ……そう、ですね。それでなくても、マルヴェリアの元国民は無条件でロンバルディアかマルヴェリアで保護することになっていますし。なので、今のシェルドゥラには正式な国民はいないとされています」
「であれば、地雷は放置しても問題ない判断になった、ってことかな?」
「えぇ。しかし……そんな綺麗事で丸く収まる程、国民感情は付いてきませんでしたし、まだまだ裏では旧・シェルドゥラ民に対する根強い差別があるのも……現実ではあるでしょう。残念なことに、シェルドゥラが残した問題も未解決部分が多いのが、現状です」
地雷も、敗戦国に対する国民感情も。何もかもが燻ったまま、ひっそりと残留している。そして、それがいつ大々的に爆発するのかは……キャメロにも、そしてヴィクトワールやブランネルにも。予想すら、できないことなのだ。
「……そっか。でも、僕はキャメロ君の答えを聞いて、ちょっと安心してしまったよ」
「えっ? どうしてですか?」
「だって、君はその現実を“残念なこと”だと言ったじゃないか。それはつまり、少なくとも君には差別的な感情はないってことだよね? ……僕も差別されるのは、ゴメンだからねぇ。新天地で暮らそうって時に、頼れそうな有力者を見つけておくのは、大切なことなんだよ」
「あぁ、なるほど。ハハ……そういうことですか」
ルサンシーの言い分は要するに、キャメロには利用価値がある事になるのだろう。ある意味で合理的かつ、打算的なルサンシーの物言いに、キャメロは脱力しつつも……決して、悪いことでもないと割り切る。それでなくても、ルサンシーとはここまでの道中、既に馬上で色々と語り合った仲だ。この同行はルサンシーの興味本位と気まぐれに見せかけて、自分を心配してのものなのだろうと、キャメロはこっそりと理解していた。
***
【……イガイとススみがハヤいな】
「そうですね。……しかし、あなたが変なことを言い出したせいで、見事に巻き込まれたではないですか」
【うむ? ジェームズ、ラウールにツいてこいとは、イってない】
「直接的にはそうかも知れませんが。ジェームズが爆発音がするなんて言うから、こんなことになったのですよ?」
ブランネルご一行は調査完了を待つ間、優雅に真紅の森を見つめながらのティータイムと洒落込んでいる。しかし、何故かルサンシーからご指名をいただいてしまい、ラウールは愛犬と共に樹海探索に駆り出されていた。しかも……。
【ラウール、ハクジョウ。スコしくらい、いいオコナいをしようってキにはならないのか?】
「……俺はキャロルと一緒にお茶を楽しみたかったのです。その上、なんですか! この荷物は! どうして俺だけ、子守もしなければいけないのです!」
「ラウール、うるさいぞ。……もうちょっと、静かにできんのか」
ラウールの剣幕に、お荷物呼ばわりされた竜神様がグズる。自分は運ばれるだけの身であるのをいいことに、足元の懸念も綺麗さっぱり吹き飛ばし。無邪気に赤ブナの枝に手を伸ばしては、もっと高くと無茶を言い出すのだから……父親もどきとしては「取ってこーい!」と、懸念事項ごと娘もどきを遠くに放り投げてしまいたい。
「ハァァァ……どうして、こうなるんでしょうねぇ……。付いて来たいって言うから、仕方なく連れて来ましたけど。なんで、俺が抱っこしなければならないんだか……」
「可憐な私が地雷で怪我をしたら、どうするんだ。こういう時は、丈夫な奴に運んでもらうに限る」
「……俺より、硬度も靭性も高性能なコランダムが何を言っているのです」
「うぬ? そうだったのか? 私はてっきり、ラウールは頑固さも含めて、1番カッチカチだと思っていたぞ?」
【カッチカチ、イえてる。ラウール、ガンコでヘンクツ。ホウセキのセイシツはともかく、アタマのカタさはズイイチかもな】
「……」
頭の硬さは、核石の硬度とは無関係だと思う。
図らずとも2体1の状況に、これ以上の口答えは分が悪いと判断しては、仕方なしに押し黙るラウール。ロンバルディア騎士団が意外と優秀なこともあり、調査の進みが早いのは何よりだが。巻き添えを食らった上に、お荷物まで持たされたのでは、「何でもいいから早く帰りたい」が苦労多き父親もどきの本音である。




