ヒースフォート城のモルガナイト(5)
ソーニャのお買い物に付き合い切って、ようやくホテルに辿り着くものの。いつも以上にラウールの機嫌が悪かったため、仕方なしに、そのままソーニャとレストランラウンジに出向くモーリス。ラウールにはコーヒーとサンドウィッチでもお土産に買って帰ればいいかと、ぼんやりと考えながら目の前のサンデーローストを口に運んでいるが。……そんなモーリスに突如、災難が降りかかる。
「ちょっといいかね、モーリス・ジェムトフィア君……!」
「え? あっ、ハイ! ……えっと、あなたは確か……」
テーブルの側にはややはだけてはいるものの、シャツとベストを着込んだ紳士と……何やら、1人だけ悪目立ちしている仰々しい格好の女性が立っている。そして……何故か、更に大勢のお仲間に囲まれている気がするのだが。何かあったのだろうか?
「ブキャナン警視……あの、一体どうされたのですか? それに、皆さんお揃いで……僕に何のご用でしょう……?」
「君の弟だがね! あろうことか、私のヴィオレッタを手酷く侮辱したらしいじゃないか! 聞けば、場違いだの、下品だの……折角、楽しくお喋りしてあげようと、この子が気を遣ってやったのに……!」
「あ、あぁ……なるほど。それは、弟が大変失礼いたしました……。ただ……」
先程の弟の不機嫌は、こちらのお嬢さんのせいか。どこか滑稽な様子のブキャナン警視の赤面に申し訳ないと思う以上に、兄としては面倒事に巻き込まれてしまった弟が不憫で仕方ない。
普段から興味のない相手には話すどころか、目すらも合わせないラウール相手に……きっと、このヴィオレッタ嬢は警視の権威の嵩と場違いなドレスを着込みに着込んで、接触を試みたのだろう。そして……威信も自信も見事にはたき落とされて、父親である警視に泣きついたのだ。その結果が、警視のご機嫌を取るためのツアー客一致団結の群集というわけだろうが……。
そんな事を考えながら、場を収めようと必死に知恵を絞っているモーリスを他所に、どこか落ち着き払った様子でソーニャが口を挟む。しかし……火消しどころか、油をドップリ注ぐような発言に更に追い詰められようとは、流石のモーリスも予想斜め上だった。
「……仕方ありませんわね。そのご様子ですと、嫌がるラウール様に無理やり迫ったのでは? フフフ……大体、なんですかその無様なお姿は。……それでは相手にされなくて当然ですわよ、ヴィオレッタ嬢」
「な、なんですって!」
「ソ、ソーニャ! 今はそんな事を言っている場合ではなくて!」
「あら、そうでしょうか? ……この際ですから、ハッキリさせておいた方がよろしいのではなくて? 身を弁えろと、教えてあげた方が恥の上塗りも防げるのでは。……そのドレス、きっとお体にも合っていないのでしょ? 色といい、形といい。コルセットからはみ出した逞しいご様子が、縛り上げられた見事なハムにしか見えませんわ」
自身はノースリーブのシャツワンピースを洒脱に着こなし、完璧な容貌を持つ手前……どうやらソーニャも自身の美貌には相当の自信があるらしい。確かに、ヴィオレッタ嬢は少しふくよかな気もしないでもないが……いくらなんでも、ハムはあんまりだろう……。
「い、いや……そこまで酷くはないんじゃないかな。……あぁ、でも……(どうしよう……僕もハムにしか見えなくなってきた……)」
そんな事を言われて、改めてヴィオレッタ嬢を見つめれば。確かにドレスの薄ピンクは、どこをどう見ても……。そんな雑念を無理やり振り払うように、危機脱出を賭けて、食事の誘いを仕掛けてみるモーリス。しかし……彼が思っている以上に、ハムの存在感は絶大だった。
「え、えっと……その。ヴィオレッタさん。もしよければ、あの。……折角ですから、ご一緒にハムでも……」
「……モーリス様、その肉料理はハムではありませんわ。……ローストビーフです」
「あっ……!(しまった……!)」
ついハムに気を取られて、気遣いを最大の侮辱に変えてしまって悔い改めようとも、後の祭り。ボロボロに泣き出すヴィオレッタ嬢にかけてやれる言葉さえも見つけられないまま、顔面蒼白で硬直しているモーリスにトドメを刺すように、ブキャナンが更に面倒な事を言い出した。
「……なる、ほど……? 君も娘が不格好だと言いたいのだね……?」
「い、いえ! 決して、そういう訳では……!」
「こうなれば結構! 折角だし、娘の威信を賭けて……滞在の間、ちょっとしたゲームをしようじゃないか!」
「……ゲーム、ですか?」
「そうだ。君も弟君も独身だろう?」
「え、えぇ……そうですね」
「だったらば! 今回、モーリス君か弟君を射止められたお嬢さんには、私から賞金を出すことにしよう!」
「は、はぃ……?」
「知っての通り、今回はゲストに大勢の乙女達が同行してくださっている。皆、予々君達に興味津々だったようだし、この際だ! 君もそろそろ身を固めるべきだと思うし、キッカケ作りにも丁度いい。その中で、娘が勝ち残れば文句もなかろう!」
「……全くもって丁度良くありませんし、僕達は景品でもありません……」
あまりに突飛な彼の宣言に盛り上がる皆様を尻目に、消えて無くなりたくなる気分になるモーリス。自分はともかく……ラウールを標的にするのは、あまりに危険だろう。こんなことなら、ツアーに参加するのではなかったと……モーリスは今更しても遅すぎる後悔を、1人で噛み締めていた。




