蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(12)
【イマのオト、ナンだ?】
「ほよ? ジェームズ、どうした?」
ロンバルディア国王ご一行様の中でも、黒薔薇の実働部隊に守られるように轍を進める、列の中央を走る馬車の中。ブランネルにヨシヨシと撫でられていた、ボディガードでもあるドーベルマンが何かに気づいたらしい。急に首を上げたかと思うと、ピンと立った耳で遠くの緊張感を探り始めた。
【チチウエ……このヘンはタシか、キュウ・シェルドゥラでアっているか?】
「そうじゃな。あぁ……今年も、赤ブナが綺麗に色づいておるのぅ。地雷がなければ、楽しくお散歩もできるじゃろうに……」
マルヴェリアとロンバルディアの間に横たわるは、かつて「暴れん坊」の悪名を馳せていたシェルドゥラの夢の跡地。今や敗戦国となったシェルドゥラには統治機能は残されておらず、仕方なしにロンバルディア側が旧国境付近で監視体制を維持するに留まっている。未だ、残党もいるにはいるらしいが……森林という森林に、足元を掬う悪魔が巣食っている以上、既に住むに耐えない土地である。
【ジライか。ヒニクなもんだ。……タてコモるシュダンにえらぶにしても、もうスコし、まともなセンタクシはなかったんだろうか?】
「そう、じゃな。……余はあまり戦争には関わっておらぬから、深い事情は知らぬが。なんでも、父上によれば……シェルドゥラ側はロンバルディアの侵攻を食い止めるために、グルリと領土を囲う樹海に地雷をばら撒いたんじゃと。それ以来、この森は“流血の樹海”なんて呼ばれるようになっての。誰も寄り付かなくなってしまったんじゃ。……誰だって、痛い思いはしたくないからの。余も、ここから眺めるだけで十分じゃよ」
馬車の窓から見える部分だけでも、国王と番犬に感動のため息を吐かせるほどに、美しい真紅に染まった大樹林。しかし、かつての森を赤く染めたのは、赤ブナに代表される夏緑林の面々だけではなかった。戦時中は地雷に足を取られた兵士や民間人の血で、生臭い赤に染まっていた史実も確かに存在する。今や「流血の樹海」と呼ばれる大森林は、人が作り出した禁忌の地。国民がロンバルディアかマルヴェリアに流れ切ってからと言うもの、「こんな所を通る馬鹿はいない」が常識となっていた。
【しかし……だとすると、そんなバカがいたということか? さっきのはアキらかに、バクハツオンだったが……】
「えっ、そうなの? じゃったら、大変じゃないの。誰か怪我をしているかも知れん。助けてやらねば、いかん」
【……ジェームズもそれがいいとオモう。ジライ、ムゴい。……ヒトオモいにシねないだろうし、ケガニンのテアテ、してやったホウがいい】
微かではあったが、ジェームズの耳が聞き分けたのは確実な爆発音。きっと誰かが運悪く、森に迷い込んでしまったのだろう。そうとなれば、のんびりと遠巻きに紅葉狩りをしている場合ではないと、ブランネルが従者に馬車を止めて頂戴と合図を送る。
「どうされました、ブランネル大公」
「うむ、すまぬな。……どうやら、地雷の爆発に巻き込まれた者がおるようなのじゃ。状況を確かめたい。キャメロに進行停止をお願いしてもらえんかの」
「爆発ですか? 私には、何も聞こえませんでしたが」
「余もなーにも、聞こえておらんよ? じゃけど……」
【ジェームズ、キこえた】
「左様でしたか! それは、大変だ! こちら、キング・キャリッジ部隊……すみません、キャメロ少将。ジェームズ様が地雷の爆発音を聞かれたそうです。進軍一時停止の上、調査を提案します」
ブランネルの隣からヒョコッと顔を出したジェームズの証言に、マットブラックの軍服を着込んだ彼が慌てて無線で連絡を取り始める。そして……すぐに進軍が止まったかと思うと、一糸乱れぬ動きで整列する団員達。そんな彼らを前に、隊長でもあるキャメロが声高らかに命令を出す。
「総員、傾聴! 先程、ジェームズ様から爆発音の申告があった! 地雷による爆発であれば、怪我人がいる可能性も高い! これより、樹海調査を展開するッ! 地雷処理戦車部隊を先発とし、進路を確保。また、探知班同行の上、衛生兵を派遣する。人命救助を最優先とし、任務にあたること!」
【……あのショウショウ、ミたメによらず、しっかりしてるナ】
「キャメロはあれで、実地訓練も相当に積んだ実力派じゃからな。……アンドレイよりも、頼りになるかもしれん」
ブランネルの応答に、平和ボケしているロンバルディアの騎士団が、どうやって実地訓練を積むというのだ……という疑問がジェームズの頭に浮かんだが。しかして、すぐさまその答えにも思い至ると、1匹は人知れず肩を落とす。
【(そういうコト、か。こいつらのジッチクンレンのアイテはきっと……)】
カケラなのだろうな。
残念なことに、全てのカケラが無害かと聞かれれば。胸を張って、「そうだ」と言えないのが現実だ。寧ろ、殆どの者が人間を憎む傾向があるのだから、無害な方が希少だとすれば誤算も少ないかも知れない。
【(それこそ、ヒニクなもんだ。……センソウがなくなっても、アラソいはなくならない。ダレかのテキ。ジブンのテキ。そうやって、ムリやりアイテをミつけて……タタカうコトをやめようとしない。このセカイは……ジェームズもフクめて、ホントウにバカばっかりだ)】




