蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(11)
(やーっぱ、こうなるんだな……)
「……そうだね」
胸の内から響く相棒の声に、遣る方なしと肩を竦めるユアン。ユアンの手元には、心配性なご主人様からの司令書と、何かの居場所を示した地図が握られていている。
(で? この先に、向こうさんの秘密基地があるんだって? わざわざ、こんな所に拵えるなんて。まぁまぁ……本当にいいご趣味をしているよな?)
「そう言ってやるなって。研究所の立地としては、最適なんじゃないかな。……こんな場所を生身で通ろうなんて馬鹿は、そうそういないだろうし」
手元の地図に指を滑らせて。ここは一気に駆け抜けた方がいいだろうかと、ユアンは思いを巡らせる。ご主人様はいくら地雷原対策の手札を揃えたとは言え……もう片方のペアの起用に不安を抱いたのだろう。だからこそ、最も信頼できる腹心にもこっそりと別の指令を下しては、シェルドゥラの地雷原へと送り込んだのだ。
(まっ……フローライトもお可哀想に。まーさか、地雷原を越えるための探知機代わりにされるなんて、思ってもいなかっただろうよ)
「……かもね。彼の光や熱に怯える特性は使えるって、判断になったらしい。……皮肉なもんだね」
(全くだ。……火炙りにする側から、される側になったんだもんな。ハハッ、いい気味ったら、ないな)
「それこそ、そう言ってやるなよ」
フローライトのモース硬度は4。お世辞にも硬いとは言えない宝石だが、今のファントムには炎や熱源に過剰反応する恐怖心が備わっている。それは休眠中の地雷が相手とて、同じこと。火薬を過敏すぎる程に忌避しては、亡霊のようにフラフラと彷徨って……相棒の安全ルートを確保するのに、一役買っているらしい。
「しかしながら、僕にはフローライトの相棒はいないからね。仕方ない……ジャック、出番だよ」
(へいへい……分かってるよ。それにしても……お前、さぁ。本当に働きすぎじゃねぇ? 自己犠牲も程々にしておけよ……)
お気遣い、どうも。
ユアンは相棒の優しさに苦笑いで応じながらも、ジャックに出番を譲る。そうして自身は悟ったように、斑点模様が特徴的なトロッターへと姿を変じて見せた。
「……相棒、行くぞ。何かあったら、すぐに戻っていいからな」
(心配しなくても、大丈夫さ。何せ……僕達はダイヤモンドのカケラだもの。地雷の爆風くらいなら、耐えてみせるよ)
健気で、頼りになる相棒の嘶きを頂いて。ジャックは悪魔の兵器が無数に埋まっているらしい、樹海へと相棒を進ませる。
先人の轍は偉大なり。まして、非常に趣味がいいことに……地雷原をお庭にしている家主様の通行ルートを辿れば、なんとなく勝ち筋は見えてくると言うもの。だが、鬱蒼とした森林には残念なことに、貴重な足跡を隠す趣味まであるらしい。
「あぁ〜あぁ……それにしても、季節も最悪だな、こりゃ。……落ち葉で足跡が隠れちまっているじゃないか……」
シェルドゥラの地雷原は夏緑林に覆われた地帯であり、有用木材の宝庫。そして、そんな宝の森がこんなにも豊富に残されているのは、紛れもなく撤去し切れていない足元の危険物のせいである。
(これだけ見れば、綺麗な景色なんだけどね)
「全くだ。……仕事じゃなきゃ、ここで眺めているだけでも十分、楽しめるのになぁ」
しかして、地面に何が埋まっていようが、森の息吹に乱れはない。ただ粛々と、季節の巡りを繰り返すだけである。そうして、今年も美しく紅を差した木の葉が、彩る季節に差し掛かっていた。そんな目立ちたがり屋の落ち葉達へ、慎重に足を下ろしつつ……ユアンは首筋越しのジャックの合図に従いながら、優雅なトロットからギャロップへと切り替えて、勝負を仕掛ける。
(一気に行くよ! しっかり掴まってて!)
「……あぁ、分かってる。それじゃ……頼むぞ、相棒!」
ブルルと一息、吐いて。馬になりきった美しいブラック・ダイヤモンドは、疾風の如く真紅の光景を切り裂いていく。先ほど指先を滑らせた、地図の示す順路通り。僅かな合間を縫って、4つの蹄は柔らかな落ち葉を微塵も傷つける事なく、軽やかに疾走する。だが……。
「おっと! 大丈夫か、ユアン!」
(……うん、大丈夫。ちょっと、かすったみたいだ)
力尽きて倒れていたロートブーへの丸太の影には、運悪く悪魔がこっそりと潜んでいたらしい。ユアンが飛び越えた先でカチッと音が鳴った瞬間に……人間相手であれば足を吹き飛ばすはずの爆風が、ユアンの足を煽る。
「そう言や、どっかの黒薔薇さんはこいつで、足が吹き飛んでたっけな」
(うん、そうだったね。……危ない、危ない。しかし、この様子だと……)
「あぁ、そういう事だろうな。……一気に駆け抜けるってのは、正しい判断だろうよ」
これだけの大木にのし掛かられても、今の今まで爆発しなかったのを考えると……ここの悪魔達は、複数回の刺激を与えられると、火を吹くタイプのようだ。おそらく、1回目の通過は見逃してもらえるに違いない。しかも……。
(あぁ、こういう時……僕は自分の体が丈夫で良かったと、つくづく思うよ)
「丈夫どころじゃ、無傷で済まないと思うが……ま、地雷は一思いに殺すタイプの兵器じゃないからな。元から、相手を半殺しにするためのものだし。……威力も憎たらしいくらいに、抑えられていやがる」
(そうだね。……僕は平気だから、いいけど。人間だったら、痛いどころじゃ済まないよね。足ごと自由を奪われるなんて……これ程までに、惨たらしいこともないだろうに)
「……かもな。だけど、人間なんぞに同情してやる必要はないだろうよ」
これは「同情」なんだろうか?
オルロフトロッターの姿で、嘶きと一緒に苦笑いを吐き出せば。相棒の言っていることも理解できるとは言え……そこまで人間全てを忌み嫌わなくてもいいだろうにと、ユアンは考える。
……カケラも、それぞれ。人間も、それぞれ。
自分に都合がいい相手もいれば、悪い相手もいる。「個」という単位で相手を考える余裕があれば、丸ごと切り捨てる必要もないだろうと、ユアンはこっそりと思う。




