蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(9)
「お目覚めかい? ファントム」
「ここはどこだ? それに、お前はブライアンじゃないか! この恨み、忘れてなるものか……!」
「恨み? えぇと……なんだっけなぁ?」
恨みだなんて、よせやい。随分と連れないじゃないか、相棒?
青い瞳を輝かせながら、かつてアンソニーと呼ばれていた怪人を見つめるのは……ホープ・ダイヤモンドを核石に持つ、3番目のトロッター・ブライアン。手元で3本角の仮面を撫でながら、尚も嬉しそうに相棒とやらに語りかける。
「折角、生まれ変わったんだから……もうちょっと、仲間意識を持ってくれないかなぁ。それでなくても、これからあんたと組んで、怪物狩りに出かけなきゃならないのに……」
「お前と怪物を狩りに行く、だと? それはなんの冗談だ! 第一……グッ⁉︎」
「ほらほら。いい子にしていないと、首を締め上げるよ? ……あんたにはもう、拒否権も自由もないんだよ。そろそろ、自分の身の程ってモノを理解しなよ。……子供じゃあるまいし」
Real experience is believing……百聞は一見に如かず、ならぬ、百聞は実体験に如かず。さも愉快そうに、手元のちっぽけなリモコンらしき機器で、汲々とファントムの首をリズミカルに絞めたり緩めたりを繰り返すブライアン。そうして、「へぇ」と、尚も感心したように感嘆の息を漏らす。
「こいつは、たまげたな。最近のコントローラーは強弱もバッチリ付けられるんだ。ま、とにかく。これで分かったかい? あんたは俺の仲間であり、手下なんだよ。俺の方が先輩だし、立場も上ってワケ」
「……!」
「もぅ、そんなに睨むなよ……。別に顎で気安く使おうとかなんて、考えていないから。今度の獲物は相当の大物みたいでね。ボスもそれなりの手札を揃えることにしただけさ」
「ボス……?」
「うん、ボス。それこそ、俺のこいつを握っている奴……じゃないか。確か、元の持ち主は見限られて、虎の餌になったって話だし。……今は誰が持ってるんだろな。俺のコントローラーは」
ファントムと同じ悩みを抱えていますよ……なんてアピールも兼ねて、首筋を摩って見せるブライアン。埋め込まれたコントローラー用のチップはとっくに、心臓に馴染んでいる。だけど、首はカケラの急所であり、泣きどころ。針を立てられた痛みは簡単に忘れられるモノでもないし、時折、思い出したように疼くから厄介だ。
「あっ、そうそう。はい、これも渡しておこうかな?」
「……これは?」
「見て分からない? 仮面さ、仮面。ご主人様はちゃーんと、あんたの分も用意してくれたみたいだよ?」
「いや、仮面なのは見れば分かる。だが……これは一体、何をモティーフにしているんだ?」
「あっ。そっちか……」
ファントムに渡されたのは、ブライアンとお揃いの馬……ではなく、のっぺりとした面の額部分に、何かの突起物が刺さっているだけの間抜けな印象の仮面。しかし、その突起物が生々しい頚椎付きの首の骨だということにも気づくと、気味が悪いと……とても仮面のことを言えたモノではない、同じく気味の悪い顔を顰めるファントム。
「そいつは、コシュタ・バワーって言うらしい。生粋のジョン・ブルームなら、よく知ってるんじゃない?」
「……コシュタ・バワーか。確か、死を予告する妖精……デュラハンの首無し愛馬だったか」
恐怖の首無し妖精・デュラハン。いくら、お伽噺が大好きなスコルティッシュ・ジェントルマンでも、死を予告する妖精のご訪問はご勘弁願いたい。しかも、自分に与えられた役目はデュラハン本体ではなく、死霊馬車を曳く馬だというのだから……馬鹿にしているにも、程がある。
「そんなに不満げにするなよ、相棒。大丈夫さ。馬なのは、俺も一緒だから。しかも、トライコーンとかって……明らかにオマケの立ち位置なんだよね、コレ。一角、二角がいるんなら、三角もいるんじゃない……ってノリなのが、透けて見えるし。全く、嫌になっちゃうよね」
「……トライコーン、か。確かに、ユニコーンやバイコーンに比較すれば、存在感も薄いし……地味だな」
「だから、地味って言うなよ、地味って!」
一応、角の数だけは1番多いんだぞ!
……そんな事を言い合っていれば、いつかの時に「あな憎らしや」と怨嗟と惆悵とを溜め込んでいた相手とも、それなりにやっていけるかもと錯覚するファントム。いつかの共犯者だった境遇をぶり返して、今は協力してやるしかないのだと、頭を振る。
「そうそう。素直に俺に従ってくれれば、悪いようにはしないって」
「だと、いいのだがな。……まぁ、いい。いずれにしても、今はお前に従うより他、ないようだ。何せ、私はこの姿だ。……これでは買い物はおろか、外を出歩くことさえままならん」
「そうかもね〜。火傷の匂いは大分、マイルドになったけど。見た目は治らないからねぇ。それじゃ、お近づきの印に早速、代わりに何か買ってきてあげるよ。何がいいかな?」
ご機嫌で気前のいいブライアンが、買い物代行を買って出れば。しばらく思い倦ねた後……スコッチに合わせて、チョコレートと生ハムを希望してくるのだから、なんだかんだでファントムは小洒落た嗜好を捨てることもできないらしい。そんな彼のリクエストに、ワインは避けるべきかなと……ブライアンは尚も、意地悪く考えてしまう。




