蒼鉛の仮面に伝うは、七色の涙(6)
覗き込んだ鏡からこちらを見返すのは、やっぱりぎこちない作り物の顔。滑らかな乳白色の樹脂で覆われた容貌は、確かに美しい。だが、それでいて……どこか、不穏な不気味さも振りまいていた。
(……)
自分の顔なのに、恐る恐る頬に触れるギュスターヴ。その手も見慣れつつあった無骨な鋼鉄ではなく、滑らかな肌に作り替えられている。そうして人のフリをした紛い物の肌と肌をくっつけてみたところで、人らしい感触は得られない。体温も、肌理も。自分を覆う全てが、ますます無機質に思える。生々しいのはただただ、青く澄んだ瞳だけ。
「……これでいい。この体の方が、復讐するのにも好都合だ」
痛みで悲鳴を上げることもなければ、壊れたら修理すればいいだけの丈夫な体。稼働音も滑らかで、もうギリリと金属音がわざとらしく軋む事もなさそうだ。それでも、自分は作り物なのだと自戒し続けるギュスターヴは、取り戻した容貌を仮面の奥にしまい込む。
「ギュスターヴ様、お加減は如何ですか?」
今朝と同じ乾いたセリフを吐きながらも、傍で手術後の経過を見守っているシオンは訝しげな顔をしている。きっと、ギュスターヴが折角の顔を仮面で覆ったのが不可解だったのだろう。一方で……そんな彼女の心境も器用に見透かしては、持ち前の優雅な心持ちをも引っ張り出したギュスターヴは朗らかに応じる。
「特に気分が悪いわけじゃないんだよ。……ただ、僕が作り物なのは変わらないものだから。こうして、目減りしないように隠そうとしているだけなんだ」
「目減りですか?」
「そうだよ。人というのはね、不思議で欲張りな生き物なのさ。どんなに渇望していた物でも、手に入った瞬間に色褪せて見えるものなんだ。……この姿は、僕が心の底から取り戻したかった物ではあるだろう。顔の造形も申し分ないし、体の節々から変な音がする事も減った。何より、体が軽い。物理的にも精神的にも……」
しかし、あまりに人間に酷似した姿はやはり、美しくも悍ましい。赤黒かった素肌を覆う新しい肌は、器用に瞬きにさえも応じて見せるが。ギュスターヴには些細な動き1つ1つさえも、生身のそれには見えなかった。
***
「ヘックション! な、なんでしょうね。急に悪寒がしました……」
「大丈夫ですか、ラウールさん。お熱は……うん、なさそうですね」
マルヴェリアからロンバルディアへの帰路を揚々と、馬車で行く。シュヴァル殿下に丸ごと引き止められそうになったが、宿題が山積みという事もあり、ブランネル様ご一行は豪奢な馬車を3台も引き連れて、それはそれは快適な旅路を進んでいる……はずだったのだが。
(なんだか、妙に気分がざわつくのですよね……。なんか、こう……厄介事の予感がするというか)
すかさず旦那様のおでこに手をやりながら、心配そうなお顔を見せる奥様。彼女の優しく伸べられた手の温もりに、少しばかり嫌な予感を払拭してみるものの。「厄介事センサー」の正確さは誰よりも自分がよく知っている。どこまでも非科学的でありながら、何よりも信頼に足る危機察知能力。その理不尽な性能に、ラウールはロンバルディアに帰る前から気を揉みに揉みまくっていた。それでなくても……。
「なぁ、なぁ、ラウール! 向こうに着いたら、ミュレットとやらを成敗するんだよな⁉︎」
「……そんな事を大声で言うものではありません、イノセント。成敗だなんて、無駄に相手を悪役だと決めつける必要はないのですよ」
「ブゥ〜ッ! 今度こそ、私もズバッと活躍したいぞ! お留守番は許さないからな」
「……やれやれ。イノセントは妙なところで、学習能力が抜けているのだから……」
軽はずみな活躍で、生け捕りにされた事を忘れたわけではないだろうに。
向かい側のシートで足をバタつかせながら、すっかり娘になりきったイノセントがブーブーと駄々をこねる。だが、彼女のワガママにはそれなりの基準が新設されたらしく……すかさず可愛げのある事を言い出すのだから、父親もどきとしては色々な意味で参ってしまう。
「ラウールが一緒だったら、大丈夫なことも分かったし。次はちゃんと、はぐれないようにするから……留守番は嫌なのだ……」
キャロルに着せてもらった、淡い水色とクリーム色ストライプのスカートをキュッと握り締めて。きちんと学習もしているもんと、娘もどきが青い瞳を潤ませるフリをすれば。涙は落ちないにしても、懇願するように小首を傾げる様を見せつけられたら……プリンセスの中身が超高齢の地球外生命体などとは、誰が信じられようか。
「分かりましたよ、イノセント。勝手に飛び出さないこと、勝手に1人にならないことを守ってくれるのなら、きちんとお出かけにも連れ出しますから。だから、そんなに似合わない顔をしないで下さい」
「似合わなくて、悪かったな。これでも、ちゃんと娘でいようと……頑張っているんだぞ?」
似合わない萎れっ面から、お似合いの膨れっ面を取り戻したと思ったら。今度は折角の広々とした2人掛けのシートではなく、お向かいの父親もどきの膝の上に鎮座するイノセント。そうしてクフフフと、妙な笑い声を上げるのだから……やっぱり、父親もどきとしては敵わない。
「……その顔はなんですか、キャロル。何がそんなに面白いのです?」
「あら? こんなに素敵な光景はなかなか、ありませんもの。楽しくて仕方ないのは、当たり前でしょう?」
「……」
丸ごと素敵な光景で片付けられてしまったが。これはこれで悪くないかと、膝上の重みの理不尽さも受け流し。帰り道の間くらいは、懸念事項は忘れていようと決め込むラウールだった。




