深きモーリオンの患え(23)
“愛しいラウールへ”。
自分には無縁だと思っていた定型文で始まった手紙は、それなりの枚数があるように見える。だが、ラウールは既に便箋の枚数を気にする余裕もないくらいに、ドップリと憎たらしかったはずの手紙にのめり込んでいた。
……
ごめんよ、ラウール。本当はもっと早く、そして……直接伝えるべきだったのだろうと思う。だけど、僕は怖かったんだ。事実を打ち明けてしまったら、お前に本格的に嫌われてしまう。僕は、ね。母さんやモーリスだけじゃなくて、お前ともきちんと家族になりたかったんだよ。血は繋がっていなくても……お前の父親になりたかったんだ。
母さんは確かに、人間ではないだろう。そして、モーリスやお前も人間じゃないのかもしれない。だけど、そんな事はどうでもよかった。最初に、アダムズに母さんを預かってほしいと言われた時には驚いたけれど。今となっては、彼の提案に乗って良かったと思っている。
だって、そうだろう? 僕にとって最愛の家族に出会うことができたのだから。
……
(アダムズの提案? そう言えば、母さんを作り替えたはずのアダムズは、どうして手放したりしたのでしょう。もしかして……?)
母親の暴走はちょっとしたハプニングだったのだろうか?
紙に踊る文字になってさえも、やや陳腐な語り口をせせら笑うのもそこそこに。またも首を傾げては、ふぅむと唸るラウール。しかし、手元の手紙はまだまだ喋り足りない様子。分からないことを無駄に考えていても仕方ないと、ラウールは促されるように再び手紙の文字を追い始める。
……
確かに、アダムズは自分の後継者を欲しいと願ったけれど。それはただ、来るべき終末への対抗手段を想定してであって、モーリスやラウールを純粋に息子として扱う事はなかったらしい。でも……母さんの意思は違ってね。母さんは、腹を痛めて生んだ子供を物扱いしないでほしいと、必死に抵抗したんだ。でも、アダムズはラウールへの実験だけはやめようとしなかった。
……だから、母さんは怒ったんだ。お前を対抗手段として作り上げようとしているアダムズにも、アダムズとは違った意味でラウールに実験を加える研究員達にも。全てを燃やし尽くしてやると、暴走に見せかけた擬似的なスーパーノヴァを起こして、研究所を丸ごと吹き飛ばした。
知っての通り、来訪者の姿へと近づけるのは男性のカケラだけだ。だけど、母さんは存在自体が特殊だったからね。1度の熱暴走くらいであれば、砕けずに済んだみたいだけど……コトが済んだ後は、瀕死の状態でね。しかも、彼女を沈静化させるために使われたのは、彼女の親から作り出された、拘束銃だった。拘束を受けても尚、母さんは確かに一命だけは取り留めた。だけど、瞳はひび割れたまま、核石には鎖が巻きついたまま。そんな状態になった母さんには、お前達の行く末を見届けることは……もう、できなくなっていた。
それでも、母さんは寿命も自由も手放したとしても、モーリスとラウールを守り切ろうとしたんだ。お前達にはカケラとしての一生ではなく、人としての一生を全うしてほしいと、心の底から願っていた。そして、母さんの願いは、お前達と家族になろうとした僕の願いにもなったんだよ。
僕はその時から、誓ったんだ。……どんな状態になっても、母さんやお前達を人として抱きしめてやるんだって。
……
彼の言う「母さんの願い」の中身を考えながら……最期の最期に、テオがイヴに対して拘束銃を使わなかった理由を理解できてしまった自分に、ラウールは苛立ちを覚えていた。
そんな事に気づいてしまったら、裏に潜む真意にも気づけてしまうではないか。それこそ、知らないままの方が彼を拒絶し、否定し尽くせるのに。自分は愛されていなかったと、決めつけられるのに。でも、気づいてしまったからには……今度こそ素直になってもいいのかもしれないと、ラウールはやれやれと首を振る。
(……本当に馬鹿な人ですね、あなたは。あの日、母さんに拘束銃を向けなかったのは……)
テオがイヴへ拘束銃を使わなかったのは、母親がカケラだという現実を息子達に見せつけたくなかったから。そして、その誓い通りに……彼女を「人として」抱きしめようとしたからだった。
……
一方で、アダムズは母さんの熱暴走が誰かに仕組まれたものなのではないかと、疑ってもいたらしい。だから、母さんを外に泳がせて囮にすることで、それが誰なのかを探ろうとしていた。それで……とても栄誉なことに、母さんの預け先候補に僕を選んだみたいでね。ちょっとした情報提供の提案と一緒に、僕に挑戦状を送りつけてきたのさ。本当に怪人っていうのは、趣味がいいよね。わざわざ、怪盗紳士に秘密のお手紙を出してくるのだもの。これじゃ、どっちが遊び好きか、分からなくなってしまうじゃないか。
……
更に続く内容をフムフムと読み漁るラウール。先程までの「知りたくない」という自暴自棄な感傷は、いつの間にか「知り尽くしたい」という情熱に挿げ変わっていた。
結局、ラウールもいくら擦れてみたところで、先代からお仕事の様式美だけではなく、好奇心もたっぷりと受け継いでいたらしい。何かと首を突っ込みがちになるのは、表面上は受動的であると見せかけて……芯の部分では能動的だからと言わざるを得ない。




