深きモーリオンの患え(22)
(俺はどうして、こんなザマで生まれなければならなかったのでしょうね)
怒りに任せて、ロクにブランネル達の話も聞かずに飛び出してしまったが。それなりに立派なマルヴェリア城の回廊から空をぼんやりと眺めては、自分の存在意義を探し求めてみても。……そんなものが空に浮かんでいたら、苦労はない。
(何が、「愛しい」なのでしょうね……! どうせ、彼だって……)
自分を騙してきたクセに。何もかもを知っていたのに、教えてくれなかったクセに。それなのに……どうして今更、真実をボロボロと止めどなく寄越してくるのだろう。どうせなら、何も知らないままにしておいてくれれば良かったのに。
そうして、もうこれ以上は何も知りたくないと、思い出したように仕舞い込んでいた手紙を取り出しては、その場で破り捨てようとするラウール。しかし……どうも、おかしな話だが。何となく、手紙に踊る宛名と目が合った気がして。既のところで、封筒を裂こうとしていた手が止まる。
「……」
丁寧で優雅でありながら、それでいて意志を感じさせる力強い筆跡。まるで、破く前に話だけでも聞いてと言わんばかりの表情に、ラウールはさも憎たらし気に鼻を鳴らしては、従順に手紙の封を切る。
“愛しいラウールへ
どうだい? 元気でやっているかい。
手紙でこんな風に挨拶をするなんて、とっても間抜けな気がするけれど。どうしても伝えておかなければならない事があるから、手紙を書いてみたんだ。くれぐれも、モーリスには内緒にしておいてくれよ。きっと、心配するだろうし。
さて。伝えておかなければならない事は……もちろん、母さんとお前のことについてだ。母さんはこの事をお前に伝えるべきではない、と反対したのだけど。
……お前自身の体のことだからね。僕はこっそりと、伝える事にしたよ。
お前の母さんは知っての通り、普通のカケラじゃない。
アレキサンドライトの核石を持つカケラであることは間違いないのだけど、彼女は人間に核石を埋め込んだ存在ではなく、古代天竜人のクローンに核石を埋め込んだ存在だった。
そして、彼女を生み出したのは……多分、お前も知ってるよね。アダムズ・ワーズ、アレキサンドライトのカケラ第2号だったんだよ。
……
そこまで読み進めて、はて……と、首を傾げるラウール。イヴが古代天竜人のクローンだった事は、ブランネルの話にもあったが。そのクローンに核石を埋め込んだ話はなかったように思える。それに……。
(アダムズが第2号? では、第1号は一体、誰になるのでしょう……?)
アダムズの正式名称は、金緑石ナンバー1。紛れもなく、アレキサンドライト第1号を冠する名称のように思える。しかし、どうやらテオが手紙で語り出した事実と、表向きの現実には異なる部分があるらしい。さっきまで、破り捨ててやると息巻いていた手紙に惹き込まれては、ラウールは尚も続く文面に目を落とす。
……
そうそう。母さんの正式名称も一応、伝えておこうかな。僕もこの呼び名は好きじゃないけれど。母さんは正式名称・金緑石ナンバー0と言ってね。母さんを僕達が知っている姿に作り替えたのは、アダムズなのだけど、母さんの大元だったクローン素体が生み出された時期の方が早かったらしい。だから、母さんの方がナンバー0になるみたいなんだ。
……こんな事を言うのは、僕も嫌になってしまうし、お前にもますます嫌われてしまいそうだけど。母さんは「出産できる事」を前提にデザインされた存在で。片や、アダムズは「子供を作ること」を前提に男性としてデザインされた存在で。そして、アダムズも自分の子を成すことを強く望んだそうだ。だけど、母さんには直接的な方法で子供を作る機能はなかった。だから、アダムズは自分の精気と、来訪者の心臓とを使って「ホムンクルスの双子」を生み出した。そして、双子を完成させるために、母さんの胎内へ預けたそうだ。
……
手紙によれば、金緑石の第1号は生まれた時期を基準にすると、イヴの方になるいうことらしい。
それにしても、ホムンクルス……か。ここにきて、ようやく自身の命の出所をまざまざと理解すると、今度は皮肉まじりで乾いた笑いを漏らしてしまうラウール。
ホムンクルスとはいわゆる人造人間の一種で、錬金術の1節に登場する「人に作られた小人」のことであり、フラスコの中でしか生きられないとされている。もちろん、件の錬金術を用いたとて、ホムンクルスを作り上げることはできないだろう。生き物の体はそこまで単純な作りはしていないし、そんな事を提唱する錬金術師がいたとしても、文明がある程度進んだ現代では、ペテン師扱いされるのが目に見えている。
だが、原料が異なれば多少の融通が利くものなのかも知れない。来訪者の心臓は命の塊であり、彼らの存在意義さえも内包する、1つの独立したアイデンティティそのもの。ホムンクルスの生成に成功できないのは、生物が生物として生きていくのに必要なのは、容れ物だけではないからに尽きる。
ラウールは魂なんて、事実無根のスピリチュアルな存在を信じる程にロマンチストではないが。脳の機能と記憶に付随する、「生き延びなければ」という本能と、「自分が自分だ」という自我とがなければ、肉体は物言わぬ肉塊のままであることくらいは夢想できる。
(ふん……なんて、陳腐な種明かしなのでしょうね。これじゃぁ、まるで……)
自分は徹底的にデザインされて生み出された、無機質な存在という事ではないか。どこまでも愛と無縁な存在である自分に「愛しい」だなんて、ここまで滑稽な語り口もあるまい。
しかしながら、皮肉まじりでそんな事を考えても。まだまだ続くらしい手紙相手に、苛立ちよりも好奇心を抱くラウール。自分の出自を思い知る度に落胆することなんて、もうとっくに慣れている。ここまで知ってしまったのなら、最後まで知り尽くす方が、世界も自分も見捨てる理由が見つかるに違いない。そうして、ラウールは「全てを諦める理由」の粗探しをしようと、再び手紙に視線を落とした。




