深きモーリオンの患え(20)
「じゃが、勘違いしないでほしいのは……アダムズも余も、決してイヴやハーモナイズを研究対象としていた訳ではないのじゃよ。……ここにはハーモナイズ自身のお願いもあっての」
「ハーモナイズのお願いですか? まさか自分の心臓を抉って、俺みたいなのを生み出すことだったなんて、言うつもりじゃないでしょうね?」
「そんなにブランネル公を睨まないの、ラウール君。とは言え……君が言ったこと、微妙に正解だったりするもんだから。僕もちょっと、心苦しいかな」
気持ちも情報も整理できない苛立ちと、騙されてきたという怒りとでブランネルを睨むラウールを、仕方なしにルサンシーが諌める。しかし、彼も真実を知っている手前……明確な罪悪感はないにしても、バツは悪い。
「すまんの、ラウちゃん。じゃが、の。……余もテオも、お前を傷つけたくて嘘をついていた訳じゃない。ただ自分らしく生きて欲しくて、嘘をついておったんじゃ。……そうでもしなければ、ラウちゃんはきっと……」
「とっくに砕けていた、でしょうかね? ……それこそ、余計なお世話です」
「……そうかも知れんの」
どんなに望んでも所詮、自分は化け物であり、兵器として生み出された存在。幼い時から刷り込まれた役目と因果が故に、子供であろうともラウールは凶暴で、相当に擦れていた。母親から引き剥がされ、面白半分に痛ぶられるだけの境遇に耐えるために、全てを憎み、全てを壊して鬱憤を晴らすことしか、ラウールは核石を諌める術を知らなかった。そして、それは……保護されてからも、しばらくは削ぎ落とすことのできない習性として、ラウールを深く蝕んでもいる。
だからこそ、彼らは必死にラウールの血塗れの記憶を少しでもすり減らそうと、彼の身を救う「彗星のお伽噺」を作り上げたのだ。母親が身を賭して残してくれた“彗星のカケラ”を一定数集めれば、人間になることができる。人間になれれば、愛情を手に入れる事も、家族を持つ事もできる。いつかに失くした、両親の温かい記憶を疑わずに済む。
だが、夢はいずれ醒めるもの。それに、ラウールも心のどこかで分かってもいたのだ。……自分は人間になれやしないって事くらい。いつまでも、どんなに望んでも。自分はどこまでも、凶暴な猛獣である事を理解できぬ年頃でもなかった。それに……。
「……別に、そんな事はどうでもいいです。……イノセントからも、言われていましたし。俺は来訪者の心臓から作られた完全体なのだろう、と。しかし……そう。やはり、ホワイトムッシュもご存知だったのですね」
「あの、な……ラウちゃん。その……」
「……ラウールで結構ですよ、ホワイトムッシュ」
しかし、自分がどんな存在かを受け入れられる程に大人ではあっても、手放しで自分を騙していた相手を許せる程にまでには、ラウールは大人ではなかった。あからさまに慇懃な態度を取り戻すと、敢えて飼い主の名前を呼んでは、拒絶を示す。そして……今は下手に刺激するまいと、こちらは相当に大人なブランネルが深いため息と一緒に、懺悔の告白を吐き出した。
「騙しておってすまぬの、ラウール。さて……話を戻そうかの。ハーモナイズはアルティメットは失敗作だと、自身が生み出したアダムズには語ったそうじゃ。アルティメットが齎すのは最終審判……来訪者達が世界を作り損ねた際に、全てをリセットするために作られたとされているらしい。じゃが……」
「アルティメットには、明らかな欠陥があったんだよ。……僕はそのアルティメットから削り出されて生まれたから、彼の野心もよく知ってる。……あれは審判者だなんて、綺麗な存在じゃない。彼らの母なる星の本能を具現化した、根っからの侵略者だった。彼が望むのは、この星を食い荒らして、新しい星になることさ。自分を作り損ねたご主人様のためでもない、ましてや人間達のためでもない。誰よりも自分という存在が輝くために……第2の太陽になることを望んでいる」
「要するに……彼の夢が実現したら、この世界は忽ち火の海に様変わりするという事でしょうか」
「……そうなるね」
そうして、その対抗策として作り出されたのがラウールなのだと……2人が口を揃える。しかし、すぐさま彼らの説明の穴を見つけては、素早く突き出すのだから、ラウールの反抗期はもう少し続きそうだ。
「……でしたら、どうしてハーモナイズは自分でアルティメットを諌めようとしなかったのです。最初から自分で始末をつければいいものを、わざわざ自分を削ってまで俺なんかを作り出すだなんて。……これ程までに馬鹿げていることがありますか?」
「もぅ、そんなに怒らないでくれよ、ラウール君。もちろん、君が言いたいことも分かるよ。ハーモナイズが自分だけで決着を着けられれば、1番良かったんだろうけど。でもね……ハーモナイズにはそうできない理由があったんだよ。何せ彼女は……当時、妊娠していたんだから」
「……はい?」
来訪者が妊娠? それこそ前代未聞だと、ラウールは警戒心を乗せたまま、訝しげな表情を見せるが……。
「あぁ、正しくは……妊娠していた古代天竜人の思いを引き継いだ、と言った方が正しいかな。最初の貴族・エンメバラの伴侶として人間へと退化した、古代天竜人の姫・イヴの願いを彼女が宿していた命ごと引き継いだんだ」
「そうして、ハーモナイズの代理出産で生まれたのが、余達ロンバルディア王族の祖先ということになるらしいのじゃ。……どうやら、最初のイヴちゃんは相当に無理をしておったようでの。本来、交わることができなかったはずの人間との架け橋になるために……自身を研究対象として、差し出したそうじゃ」
その結果、歪ながらも人の形をした天竜人と人間のハーフが生まれ、両親よりも優れた存在だったが故に、支配者階級として古くから君臨する事となる。彼らは古代天竜人の強靭な身体能力に、人間の貪欲なまでの適応力を併せ持つハイブリット。それがロンバルディア王族のルーツであり……歴史を紐解けば、血統の淘汰と新種による略奪とで繁栄してきた、血塗られた一族でしかなかった。
「時代が降って、人間の血に紛れて……今じゃ、彼らも人間とほとんど変わらないけど。だけど、核石に対する拒絶本能だけはしっかりと残っててね。天竜人はどう頑張っても、カケラになることはできないらしい。体を鉱物化することはあっても、僕やラウール君みたいに核石が鼓動することはない。もし、彼らが彗星の光に触れたのなら……」
「中途半端な延命で一思いに死ぬ事もできずに、永遠に彷徨う羽目になる……でしょうかね」
「あれ? ラウール君……それは知ってたの?」
「えぇ。……マーキオンでそれらしい相手に遭遇しましたから」
「……そっか。まぁ、そういう事さ。生まれ故郷が死んだ時から、天竜人は滅びる運命にあったのかもしれないね。他の星に漂流したところで、根付く事もできなかったのだから」
そこまで呟いて、悲しそうな顔をした後にフルフルと首を振っては、ルサンシーが話を続ける。いつも以上に彼が饒舌なのは、おそらくブランネルに配慮してのことだと思うが……そんな機微さえも、今のラウールには気に食わない。
「いずれにしても、ハーモナイズは自分が引き継いだ命を生み落とすことを優先したんだ。一方で……本来の機能ではないものを引き継いだせいで、自分の終わりが近い事も予見していたんだろう。だから心臓を削って、まずはアダムズと彼の弟を作った。更にもう1つの心臓も……時が来たら使うようにと、彼に託してね」
最終的にハーモナイズは取り込んだイヴと全く同じ姿に進化し、残った心臓1つと一緒にアダムズの研究対象になることを望む。
自分の中に流れる雷鳴の血を使って、凶暴化した同胞を諌めなさい。
自分の中に眠る融和の能力を使って、暴徒化した同胞を慰めなさい。
そのためなら、この体全てを世界のために棄てましょう。
新しい星で、恒久の平和を叶えること。
それが私達、来訪者に与えられた本当の使命であり……愛するご主人様達の命令でしたから。




