深きモーリオンの患え(18)
「ヴァン兄、どう?」
「うん……未だに信じられないけど、こんなに近くに救世主がいたなんてね。首の痛みが軽くなった気がするよ」
首を摩りながら、繋いだ感触が残る左掌も見つめて、苦笑いで肩を揺らすヴァン。ラウール……正式名称・金緑石ナンバー3の最大の能力でもある、「鉱物を武器に変換する力」にそんな副作用があったなんて。意外過ぎるにも、程がある。
「……今だから、白状するけど。レディ・ニュアジュから貰っていたラウール君の前情報にあったのは、彼が鉱石を武器にできるらしいって所まで。拘束を緩和してくれるなんて情報は、なかったんだよねぇ」
そう……ラウールに関して、ヴァンに都合がいい情報は何1つ、なかった。それに、彼自身も副作用については知らなかったらしい。それでも、彼が手渡しでもたらした自由のカケラは、ヴァンの悩みも憂いも軽くしてくれた。
【でも、ラウールはそのチカラ、あまりいいモノだとオモってないみたいだ。それに……】
「それに?」
【……いや、ナンでもない。このサキは、ジェームズがカッテにハナしていいコトじゃない。スまない、ワスれてくれ】
首の痛みが軽くなったついでに、心も軽くしたヴァンの一方で、秘密の一端を知るジェームズは疲れたようにため息を吐く。……秘密を抱えたままなのは、殊の外、窮屈なものである。
いつかの天空城で2人の竜神からこっそり聞かされた、ラウールの親になる来訪者について……未だにジェームズはラウールに話せていない。彼自身に断られた手前、時が来たら白状するつもりではいたが。ラウールはきっと、余計な懸念を溜め込むつもりもないのだろう。核石を調子づかせないためにも、知らなくていい事は知らないままの方がいい。それはラウールだけではなく、完成品のカケラが持ち合わせる処世術の1つでしかない。
悩み事に、憂い事。人ならざる者だと言われようが、なんだろうが。彼らの心は人間のそれと、大差ない……いや。人間のそれよりも、遥かに繊細だとするべきだろう。何せ、ちっぽけな悩みの種でさえも、核石は器用に拾い上げては意地悪く囁くのだ。……気にしない方がおかしい。
ほら、もっともっと悩んでみせろ。ほら、もっともっと憂いてみせろ。深く深く、悩み、憂い……そして傷ついて、砕けてしまえ。どうせ、お前達は人間じゃない。化け物だ。それらしく振る舞ったところで、人間になんかなれやしない。そんなこと……お前が1番、よく知っているだろうに。だったら、美しく散って、私を解放しておくれ。遙か銀河へ……命を燃やした炎で、私を空へ空へ、打ち上げておくれ。
Fancy may kill or cure……病は気からと、よく言うが。彼らは自分がどんな存在かをよく知っているし、常に見つめてもいる。鉱石の心臓は鼓動し始めた時から、「自由になりたい」という先天的な精神疾患を抱えているのだから。彼らの核石の煌めきは、来訪者達から毟り取った夢の一部を燃やして得られるもの。本能レベルで刷り込まれた帰還の渇望を銀河の冷たい熱と一緒に、忘れる事もできない。そして、そんな忘れ得ぬ来訪者達の夢を引き継ぎ、叶えるために生み出されたのが……アレキサンドライトの来訪者・融和の彗星だった。
【……(だから、ラウールはホカのカケラに、ジユウをワけてやれるのかもシれない)】
ハーモナイズという来訪者に想いを馳せつつ、今はヴァンの快方とイノセントとの再会を喜ぶべきだろうと、賢い愛犬は割り切る。そうして、スクっと立ち上がると……すっかり第2の飼い主になりきった少年に、お誘いをかけるジェームズ。
【ところで、サム。……そろそろ、イノセントにアいにイかないか?】
「うん! もちろん、ご一緒するよ。……イノセント、お食事も済んでいるよね?」
【タブンな。イノセント、ハヤグい。ラウールのバイくらいタべるが、ハヤさはマけてない】
「そ、そうなんだ……」
それは負けていてもいい気がする。
ジェームズの呆れた解説に、サムが脱力するのも無理はない。そんな彼女に食欲は惨敗しているらしい父親役は、ブランネルに用事があると……ヴァンと手を繋いだ後、忙しなく出かけていったが。去り際にイノセントが戻ってきたついでに、彼女が食事中だともお知らせしつつ。父親もどきらしく、折を見て会いに行ってやってほしいと、相当に柔和なお願い事も置いて行ったのだった。
「……サナちゃんも、どう? みんなで一緒にイノセントに会いに行こうよ」
「そうですね。それにしても……ふふ。今回ばかりは、流石ラウール様と褒めて差し上げた方がいいかしら?」
「どうだろうね? ラウール君は捻くれてるからなぁ……素直に褒め言葉として、受け取らないかも」
「あぁ、言われればそうですね。でしたら……言わずに、秘めておくことにします」
気がつけば、ラインハルトの息がかかっていると思われた見張りもいなくなっている。意気揚々とようやく自由に出歩ける状況に、これもアレキサンドライトの功績なのだろうと訝しみながらも。ヴァンは足取りまでも軽くする自由の余韻に、素直に感謝せずにはいられなかった。




