深きモーリオンの患え(17)
「もぅ……心配したのですよ、イノセント。怪我はなさそうですね?」
「うむ、大丈夫なのだ。クフフ……! いつも通りキャロルに優しくされるのもいいが、ラウールに甘えるのも悪くない。……こうなったら、本格的に娘で通そうかな」
「お願いですから、空恐ろしい事を言わないでください。……俺は養父の立場だけで、お腹いっぱいです」
単身呼ばれて行ったかと思えば、無事に娘を見つけ出したらしい父親もどきが帰ってきた。そうして、帰還したラウールとイノセントをキャロルが嬉しそうに迎え入れる。
そんな親子再会の光景を前にして……今度は変な方向に安心し出すダイアン。彼らの言葉からするに、イノセントという少女はラウールとキャロルの本当の娘ではない様子。もちろん、彼らが夫婦である現実は依然、変わりはないのだが。絆の結晶でもある、鎹がいるかいないかの違いによる、心象の差は大きい。
「……ところで、ラウール。このショボくれた奴は誰だ?」
「ショ、ショボくれた⁉︎」
しかして、ダイアンが内心で安心材料を拾い上げたのも、束の間。娘もどきが偉そうにダイアンを顎で示しては、訝しげにジトリと見つめ出した。穴が開くのではないかと思える熱視線に、ダイアンも彼女に憤りを感じつつも見つめ返すが……改めて見れば、イノセントもまた、非常に整った顔立ちをしている事にも気づく。
(態度は可愛くないけど、見た目は可愛い……かも。こいつは将来、相当な美人になりそうだな……)
この世界には、本当に綺麗な人が沢山いる。いつかの時にキャロル相手に発揮した惚れっぽさを、こんな場面でも再燃させては、ダイアンは失礼なお子様の悪口さえも許しそうになっていた。子供が多少生意気なのは、まだまだ可愛げがあるうちに入るだろう。しかし……。
「……なんだか、場違いじゃないか? こいつ。1人だけ、存在が浮いている気がする」
だが、更に続くイノセントの発言は、可愛げがある程度ではカバーできないレベルで辛辣なものだった。
「コラコラ、イノセント。初対面の相手に、そんな失礼な事を申してはいけません。……一応、紹介しておきますと。彼はダイアンと言いましてね。こちらにいる間、雑用係としてこき使う事にしたのです」
「ほぅ? そうなのか? ……雑用係?」
丁寧な口調で娘もどきの辛口コメントを中和するのかと、思いきや。雑用係には、何でもお願いしていいのですよ……と、結局は最も意地悪なラウールがダイアンを指で示しては、ほくそ笑む。その笑顔、まさに悪魔の如し。……その魂胆、まことに悪辣の極み。
「そうか! ならば……クフフフ! 早速、遊んでもらうとしようか。行くぞ、セイントアタッ〜ク‼︎」
「……グハァッ⁉︎」
見た目だけは可愛いと思っていた小娘が、必殺技名を叫ぶと同時にダイアンに突っ込んでくる。スカートを軽やかに翻し、謎の推進力で繰り出される頭突きは……人間でしかないダイアンにしてみれば、あまりに驚異的な威力だった。そうして哀れ、雑超係は受け身を取れないまま。ハール君仕込みの有難いお仕置きを喰らい、気絶してしまった様子。吹き飛ばされて、床に伸びる姿は何ともまぁ、不憫なり。
「イノセント、相手は普通の人間なのですよ。……常識的な手加減くらいはしてあげなさい」
「一応……これでも、手加減したぞ? それなのに、この程度で伸びるなんて、情けない限りだな。ラウールの方がよっぽど、突っ込み甲斐があるぞ。だから、クフフフフ……ラウール、覚悟ッ! 必殺・ホーリースラーッシュ‼︎」
「フゴッ……⁉︎」
まだまだ遊び足りない竜神様は、今度は父親もどきを遊び相手に定めた模様。デビルスマイルもお誂え向きとばかりに、ラウールの脇腹に怒涛のチョップを叩き込んでは……殊の他、満足げだ。
「おぉ! ラウールは見事に持ち堪えたか! 流石、押しも押されぬ大物悪魔……! こうなったら……」
「誰が大物悪魔ですか。いい加減にしなさい、イノセント」
「ブゥ〜ッ!」
チョップを繰り出した後、脇腹に抱きついて離れない娘もどきをベリベリと引き剥がし。首根っこを押さえて、シャンとしなさいとイノセントを立たせるラウール。そうして頬を膨らませて、ブーブー言い出した娘もどきの腹が……情けなさ一杯にキュゥと鳴る。
「……ガス欠のようですね」
「うむ、そうみたいだ……」
恥ずかしそうに腹を押さえては、器用に赤くなって俯くイノセント。暴れ竜に燃料を提供するのはいささか、不穏だが。彼女が見せた、いかにも人間臭い反応は……なかなかに可愛げがあると、ラウールは思っていたりする。
「全く。空腹を忘れて、荒ぶるからいけないのです。キャロル、すまないのだけど……」
「えぇ、分かっています。ダイアンさんの手当てと……イノセントのお食事、ですね。そのご様子ですと、ラウールさんはブランネル様にご報告があるのでしょう?」
「それもあります。ですけど……まずはヴァン様に、ちょっとした吉報をお伝えしなければなりません。ほんの気休めだとは思いますが、少しだけ、彼を自由にして差し上げられる方法が見つかったのです」
「そうでしたか。でしたら、是非に行ってらっしゃいませ。そして、早めに帰ってきてくださいね」
「……うん。もちろんです」
穏やかなヘーゼル色の瞳で、ニコリと見つめられて。行ってらっしゃいと、柔らかにお見送りをいただいて。家族が待っている場所がある事に、ちょっとした幸せを噛み締める。ロケーションが旅先だろうが、なんだろうが。出かけた側から「ただいま」を言う瞬間を想像しては……珍しく、普通の微笑みを見せるラウールだった。




