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深きモーリオンの患え(16)

(おかしい……。本当に、()()()()なんだろうか?)


 ラウール達がお役目も完了と、キャメロに()()()()を引き継いで去った後。現場を指揮し続けるロンバルディア少将は、押収した証拠品のラインナップに違和感を覚えていた。()()()()()()からしても、必ずあったはずの物がラインハルトの秘密基地には見当たらない。その事から……本拠地はこちらではないのだと、思い至る。もしかして、今回の誘拐劇は……。


「ラインハルト様でしたっけ。……お1つ、聞いても?」

「……フン。お前なんぞに、答えることなど何もない。大体、私が何をしたというのだ? 私は王族なのだぞ? 他の者を従え、利用するのは当然というもの。当たり前のことをして、何が悪い」

「左様で? でしたら、いいでしょう。あなたに関しては、多少()()()()()をしていいと、ブランネル大公からもご了承を得ています。……これだけの事をしたのですから、ある程度の罰は致し方ないとご判断されたようです」


 柔和な物腰を保ちつつも、キャメロのディープ・ブルーの瞳には明らかな怒りが滲んでいる。涼やかでいて、トロリと艶のある色彩がワナワナと揺れたかと思うと……次の瞬間、強烈な平手打ちがラインハルトの左頬を襲う。


 キャメロの怒り原因は2つ。

 1つ目。命も意思もある相手を当たり前のようにぞんざいに扱い、あまつさえ「カケラ如きが人間に逆らっていいはずがない」と暴言を吐いたこと。そして、王族だという境遇だけで、「他の者を利用するのは当然」と勘違いしていること。

 見た目はやや()()ではあるが、キャメロは非常に真面目で正義感も強い。特に、選民思想に凝り固まって、威張り散らす相手は大嫌いだったりする。故に、ラインハルトのいつまでも崩れない威厳と自信程、気に食わないものはなかった。それが例え、あまりに哀れで不恰好であっても、だ。


「き、貴様ッ! 私に手を挙げるなど……なんて、愚かな!」

「そうですか? 1つ、申し上げておきますが……あなたに愚かだと罵られても、痛くも痒くもありませんよ。愚か者に愚かだと言われる筋合いもありません」

「なんだとッ⁉︎ とにかく、サッサとこの縄を解かんか! 第一、お前は嘘をついているのだろう⁉︎ 父上が私を見捨てるはずが、ないじゃないか! こんな事をして、タダで済むと思っているのか⁉︎」

「まだ分かってもらえませんか。仕方ありません……次は()()も行きます」


 縛り上げられていても舌鋒けたたましく、唾を飛ばす元気もまだまだ健在のラインハルト。そうして……やんややんやと偉そうに喚いては、自分の正当性を疑うことさえできない愚か者の右頬に、今度は痛烈な拳がめり込む。


「ほがッ……⁉︎」


 場違いなほどに流暢なお喋りも、歯をへし折られれば流石にしおらしくならざるを得ない。そうされて、ようやく相手が本気で怒っているのだということも、理解して。ラインハルトは、アプローチを変えることにしたらしい。目の前の若き将校がどんな相手かさえも知らないまま、懐柔を試みる。


「ひゃ、ひゃかったッ! いいだろう、おみゃ……おみゃへの暴挙は特別に、許ひてやろふ! そ、そうだ! 何か欲しいものがありゅ、のだろう? 特別に、しょれも用意してやるぞ?」

「……もういい」


 沈黙の後の、深いため息……からの、鼻梁を直撃する見事な左ストレート。「許してやろう」という上からの発言と、「モノで釣る」という貴族特有の買収手段に、キャメロがいよいよ辟易したのは言うまでもないが。ラインハルトは未だに、何がいけなかったのか理解できないらしい。へし折られた鼻で一生懸命、息をしようとフガフガと喘ぐが、鼻血で通気口を塞がれては鼻呼吸はままならない。そうして、仕方なしに前歯の欠けたお口で、パクパクと苦しそうに息をし始めた。


「……ブランネル大公のためにも、それ以上の醜態は晒さないでください。いいですか? 今のあなたは罪人なのです。これだけの証拠を押さえられて、知らぬ存ぜぬは既に通用しません。確かに、ブランネル大公は非常に穏やかでいらっしゃる。大抵のことはお許しになるでしょうし、大抵のことは水にお流しにもなるでしょう。ですけど……何事にも、限度というものがあります。あなたの行為はブランネル大公でさえも、見捨てざるを得ない愚行でしかありません」


 キャメロの怒りの原因、2つ目。

 父親の嘆きや悲しみも理解しようとせず、自分は助けてもらえると()()()()()()いること。きっと、今までの人生で、彼が「庇ってもらえなかった事」はなかったのだろう。何せ、彼は由緒正しいロンバルディアの王族であり、マルヴェリア王宮の大切な跡取り。生まれた時から特権階級の甘い思想に包まれてきたラインハルトにとって、味方も保護者もいない瞬間は、一瞬たりともあり得なかった。


「……尋問の続きは後で、にしましょうか。それに……お話ができないのであれば、結構。これだけの共犯者がいるのですから、あなた以外にも割らせる口はいくらでもあります。表向きの罪状だけでも、王女・イノセント様誘拐の事実がある時点で、()()()は不可避でしょう。故に……あなた程度の存在を()()()()のも、造作もない事なのですよ」

「……⁉︎ け、けしゅ……? わたひを、か?」


 キャメロの死刑宣告にも近い言葉に、ラインハルトの幻想もようやく晴れていく。甘く甘く、どこまでも優しく、自分中心で回っていたはずの世界。だが、ラインハルトは知らなかったのだ。その甘い幻想は、仕込まれていた遅効性の毒が芽吹くまでの潜伏期間でしかなかった事を。そして……ブランネルではない、彼の庇護者でもあった淑女に見限られた時から、あるカウントダウンが刻々と進んでいた。


「こっ、これは……?」

「キャメロ様。もしかして、この様子は……」

「……そういう事、か。どうやら……こちらの王子様は()()だったみたいだな」


 深い絶望に苛まれ、自分の存続を諦めて……内側から自我がジワジワと何かに食い殺されていくのを、しかと感じ取る。そうして、根付いていた毒の卵がいよいよ爪を出し、彼が自分自身をも見失った頃。ラインハルトは人の姿を失って、真っ黒な卵に姿を変えていた。

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