深きモーリオンの患え(15)
みるみるうちに、牙城が崩れていく。みるみるうちに、権力が剥がされていく。
向こうの王子様が呼び寄せたらしい、武装集団が突入してきたかと思ったら。あれよあれよという間に、ラインハルトの秘密基地から鮮やかに証拠品が押収されていく。悪趣味な首輪の類に、それらを巻きつけた遊び相手。そして、ケースで眠ったままのコレクション。だがお宝を根こそぎ奪われても、ラインハルトに略奪を止める術はない。ただただ、指さえ咥えることも許されずに、彼らの所業を見つめるだけである。
「おい! お前達! 私にこんな事をして、許されると思っているのか! カケラ如きが……」
「許されると思っていますけど? あなたに使われなければならない程、安っぽくもありませんし」
お行儀の良さを強要されていた境遇に堪らず、高貴かつ謙虚な態度を保ったままで、ラインハルトが喚いても。縛り上げられて転がされているだけの「裸の王様」を守る者もいなければ、興味を持つ者もいないらしい。ラインハルトは懲りもせず、惨事を引き込んだ元凶2人を憎々しげに睨んでいるが。彼ら……ラウールとルサンシーは小馬鹿にしたようにラインハルトを一瞥するだけで、羽毛を毟られ、爪をトリミングされた裸のご主人様に従う気もなさそうだ。
「こんな状況でよくも、無駄に威張っていられますね。……ブランネル大公のためにも、それ以上の醜態は晒さないでくださいますよう、お願いいたします」
「おっ、お前は誰だ! ブランネル……私はその父上の息子だぞッ⁉︎」
「……何を言っても無駄な奴でしょうかね、これは」
「だと思いますよ、キャメロ少将。この方はロンバルディアにいた時から、残念な王子様だったようですが……マルヴェリアに来たことで、お馬鹿さん加減も更に悪化したみたいですね」
「なっ……!」
キビキビと実働部隊に指示を出す合間に、指揮を執っていたキャメロもラインハルトの情けない姿に眉を顰めずにはいられない。軽やかな焦茶色で彩られるカーリーマッシュ・ヘアを掻き上げながら、呆れたように肩を落とす。
「……まぁ、いいでしょう。あなた様の処遇も含めて、国同士の話はブランネル大公がケリをつけてくださるでしょうし。我々はこれを機に、マルヴェリアからこちらの事情を丸ごと持ち帰るだけです」
根こそぎ、一欠片も残さずに。
保護対象者達に機材の類、そして当然ながら、関係者も「押収対象」に含まれる。アンドレイ副騎士団長を始めとする、ロイス系統のノアルローゼの実働部隊はそちら方面に特化したプロフェッショナルだ。手際も鮮やかなら、手腕にも容赦がない。取りこぼしがあったとしても……ロンバルディア騎士団にはブランネルという強力な手札がある以上、リカバー手段にも事欠かない。
「なぁ、ラウール」
「どうしました、イノセント」
「……お腹、空いた。私は早く、キャロルの所に帰りたいぞ」
「意外と元気ですね、イノセント。まぁ……いいでしょう。みんな、あなたの事を心配していたのですから、早めに元気な顔を見せてあげた方が、安心もできるというもの。すみません、キャメロ少将。そういう事ですので……」
「えぇ、承知しました。ラウール王子と……ルサンシー様、でしたね。後は我らに任せて、先にお戻り下さい。特に、ルサンシー様とはブランネル大公も是非にお話ししたいと、申しておりましたし」
「おや、そうなの? だったら、きちんと交渉しないとね。折角、手に入れた自由だもの。これから先は、君達の仲間に混ぜてもらうのも面白いかもねぇ」
ブランネルのご用件が「交渉」なのも、しっかりと自覚しながら。尚も楽しそうに、ルサンシーがクツクツと肩を揺らす。そうして、空腹でご機嫌斜めになり始めた娘もどきと一緒に、その場を後にするラウールだったが。
(俺もルサンシー様に聞きたい事があるのですよね……。先程の「ラインハルトの未来が短い」とは、どういう意味だったのでしょう?)
《どうせ、こいつの未来はそう長くないだろうし》
彼の言葉からするに、ラインハルトは何らかの病気を患っていると考えた方がいいのだろうか。それとも、こちら側の事情を知っているという、不都合に対する粛清を予期してのことだろうか。
いずれにしても、抱っこされたままにも関わらず、疲れたとぐずり始めた竜神様のご機嫌を直す方が最優先と、軽やかに踵を返す。結局は読みそびれたままになってしまっている、秘密の手紙も気になるし……ここは一旦、落ち着ける場所へ帰るのが賢明というものだ。




