深きモーリオンの患え(12)
どうして、こんなことになったのだ? どうして、誰も助けてくれない? 今までだったら、周りの者が優しく丁寧に、自分を包み込んでくれたと言うのに。
「折角ですから、そちらのお料理はいただきましょ。……で? あなたもこいつとグルでよろしいのですか?」
「いえっ! ちっ、違います……」
「ふ〜ん……。ねぇ、ルサンシー様。この人、嘘をついていると思うのですけど。……気のせいですかね?」
「いや? 気のせいじゃないよ。こいつはラインハルトのお抱えコックであると同時に、カケラ研究にもしっかりと首を突っ込んでたね。だから……」
いつもならあるはずの助けがない事に戸惑い、心細さを感じるラインハルト。後ろ手に縛られた彼の目の前では、カケラ2人が嬉しそうにオーダー通りの「カーリーパスタ・マッシュルームソース」を持ち込んできた料理番に詰め寄っている。厚かましくもアレキサンドライトがお料理を奪い取ると、図々しくも呪いのダイヤモンドが料理番を締め上げる。だが、意地悪なのは両方揃って変わらないらしく……最後は興味もなさげに、哀れなコックをぞんざいにラインハルトの隣に転がした。
「このお料理は大丈夫そうですかね。さてさて……イノセント、お待たせしましたね。こっちに来れます?」
「無理だな。このガラスは特殊素材だろう。私とて、突破は叶わん」
「ふぅむ。なかなかに手強いようですね。でしたら……ルサンシー様。お願いできます?」
「あぁ、いいとも。ふふ……存分に使ってくれ」
武器としての姿は、呪いから自由になった証。ルサンシーは再び聖槍へと身を研ぎ澄まし、燦然と周囲を輝きで満たすが……彼の姿はまさに、神聖なるユニコーンの角そのもの。鋒鋭い、一角の聖槍を手に取れば。今すぐに姫君を自由にして差し上げましょうと、黒衣の悪魔は似合いもしない白銀を振り下ろす。
「ぐぬぬ……流石はダイヤモンドと言ったところか? 私でもこいつを壊すのは無理だったのに、こうもあっさりと砕かれると……却って面白くない」
(まぁまぁ、イノセント様。そう言わずに。ほらほら、お父様との感動の再会をしたら、どうなんです)
「……それもそうだな」
ラウールをしっかりとお父様呼ばわりする一角獣相手に、フンスと鼻を鳴らしつつも。いかにも可愛らしい様子で、抱き上げて頂戴と手を伸ばす娘もどき。そうされて、肩を竦めながらも……よしよしとお父様が昇降機の上からお姫様を引き上げれば。そのまましっかりと抱きついてくるのだから、お姫様はますます可愛げに磨きをかけるつもりらしい。
「……ラウール、遅いぞ」
「お迎えが遅くなってすみませんね、イノセント。それはそうと……お腹も減っているのでしょう? まずはこいつをお召し上がりになったら、いかがです」
「……そんなの、いらない。私はただ……」
ラウールとキャロル、ジェームズと一緒に食事がしたい。ただ、それだけ……。
とは言え、そんな事を素直に言える程にイノセントは子供ではない。彼女にしては珍しい弱音をグッと飲み込んで、妙に粧し込んでいるラウールのクラバットをギュッと握りしめる。だけど、ラウールはラウールでほんの少しだけ、進化もしていて。ちょっとだけ精度が良くなった、感情の感知アンテナでイノセントの傷心を慮ると……よしよしと父親っぽく、娘の背中を撫でてやる。
「さて……と。ルサンシー様はこの後、どうされます? 先程のご様子ですと、もうお馬鹿さんに従う必要もないのでしょうし、これからは自由に生きるのもアリだと思いますけど」
「そうだね。う〜ん……。でも、その辺のことは考えていなかったかも。なにせ、僕はご用件がある時以外は封印されていたからね。ほら。僕、とっても強いし。今まで何人のご主人様を殺してきたか、分からないし。そんな危なっかしい相手、首輪があったとしても……いつもいつも転がしておくワケにはいかないでしょ?」
思いがけず手に入れた、自由の使い道に悩むルサンシーだったが。物騒なことを言いつつも……同類相手には平穏な彼は、冗談抜きで「その辺」を考えていなかった様子。あたかも困ったぞと考え込んだ後に、何やら真っ先にしたかった事を思い出したらしい。思いがけないお願いをラウールに投げてくる。
「あっ、そうだ。まずはテオさんのお墓参りに行きたいな」
「……継父の、ですか?」
「だっから〜……その継父って言うの、やめなって。ま、それはともかくとして。そういう事だから、しばらくはそっち側にご厄介になる事にするよ。目には、目を。ダイヤモンドには、ダイヤモンドを。きっと……向こう側でも、僕の力が必要になる事もあるだろうし」
「……」
なるほど、彼はしっかりと他のダイヤモンド達と袂を分かつつもりらしい。確かに、彼が指摘する通り……こちら側にはダイヤモンドのカケラはいない。何せ、構成員の殆どが「保護された」カケラ達であり、最初から戦闘用として生み出された者が少ないのだ。かく言うラウールだって、始まりは「保護された」カケラでしかなかった。
「……分かりました。きっと、ムッシュも喜んであなたを迎えてくれる事でしょう。……悪ささえしなければ、ロンバルディアで生活していくことも可能でしょうし」
「おっ! そいつは嬉しいね。何せ……ここじゃ、最低限の自由さえなかったもの」
それは、マルヴェリアというお国柄の問題だろうか? それとも、彼自身の性能故だろうか?
「いずれにしても、こうしてご協力いただいたから、無事に娘と再会できたというものです。お力添え、ありがとございました。……ほら、イノセント」
「……うむ、分かっている。私からも礼を言うぞ、ルサンなんとか。……助けてくれて、ありがとう」
「はは、どういたしまして。だけど……うん。なんとか呼ばわりは、勘弁して欲しいな。……面倒だったら、ルーでいいよ、竜神様」
「ふん! ……ルーだな。覚えておく」
誰かさんと同じように不貞腐れた態度をとりながらも、更にギュッと拳に力を込めるイノセント。一方で、目の前で繰り広けられる親子の再会劇に……ラインハルトは1人、歯噛みせずにはいられなかった。




