深きモーリオンの患え(7)
心ゆくまでお喋りして、さぞスッキリしたことでしょう。
約30分にも及ぶ、ご主人様のありがたいお話を乗り越えれば。ご機嫌麗しいご主人様は、ようやく虎の子を隠している場所へ案内してくれるつもりになったらしい。そうして、ルサンシーに自由を奪われているフリもしては……ラウールは意気揚々と目の前を闊歩している、ラインハルトの背中を見つめていた。
(それにしても……さっきの話、妙に引っかかりますね……。どうして、ミュレットは彼にここまで肩入れするのでしょう?)
彼の素敵な恋物語がタダの妄想で片付けられるのなら、まだ良かったのだが。奇跡の長齢を誇る正式名称・月長石ナンバー4が与しているとなると、ラインハルトの手の内は途端に不透明に逆戻りだ。
(確か、ヴァン様の話では……ニュアジュは本来、高慢な淑女だったと聞いていますが……)
月長石の硬度はおよそ、6.5。やや心許ない強度にも関わらず、高い性質量を持つが故に、実力行使を許されるレベルの完成品。初期に生み出されたカケラの例に漏れず、ミュレットの人間に対する憎悪も深く深く……そして、非常に激しい。
だから、不可解なのだ。タダの人間……しかも、見た目からしても適性も改良もなさそうなラインハルトに、どうして人間を憎んでいるはずの月長石ナンバー4がここまで尽くしているのか?
(この謎の深さを読み解くのが、今回の鍵となりそうでしょうかね。……しかし、ここまで光を通さない深さとなると……)
まるで、モーリオンの漆黒のようだ。
そんな事を考えながら、今度はモーリオンと同じ石英グループのご近所さんに思いを馳せるラウール。彼を絡め取ったスペクトロライトの淑女は、虹の光彩を放ちながらも、どこか仄暗い鈍色をも纏う。そして、目まぐるしく煌めく虹色と鈍色の下には……底知れない野心と狂気をも秘めている様子。
「さて、と。早速、お前の出番だ、アレキサンドライト。イノセント様を我が妻とできるよう、説得してこい。言っておくが……彼女は私の伴侶、だ。お前の娘ではない。そこはくれぐれも、間違えないように」
ラウールが長石と石英の関係性を繁々と考えていると、いよいよ虎穴の入り口に到着した模様。ラインハルトがさも当然とばかりに、背中越しの無茶なオーダーを寄越してくる。
「彼女を説得してみれば、いいのですね」
「そうだ。私的な会話は一切、するな。もし、反駁するようであれば……」
「分かっていますよ。この首を締め上げるのでしょう? ……ご主人様のご命令に歯向かうつもりはありません」
思いの外、すんなりとラウールが了承の返事をすれば。さも当然と、傲慢の鼻息を漏らすラインハルト。まさか、ラウールに巻かれているのが偽物の首輪だなんて、思いもしないのだろう。厳しい顔を器用に赤らめては、これで懐柔も確実と……今度は鼻から吐息ではなく、歌まで漏らす始末。その姿に仮初とは言え、これが我が主人の姿かと思うと、ほとほと情けない。
***
「ラウちゃん、相当に無理をしておるの、これは」
「……でしょうね。しかし、ブランネル様も大丈夫ですか? 先程から顔色が優れないようですが……」
「あぁ、大丈夫じゃよ、キャメロ。……変な心配をさせて、すまんの」
側に寄り添うキャメル相手に、気丈な反応を見せるものの。ブランネルの悩みは、相当の深みに嵌まりつつある。
彼の懸念事項は大きく分けて、3つ。まずは、実の息子がマルヴェリアの禁忌に近い所で、活動していたこと。2つ目は、腹心だと思っていたミュレットがラインハルトを唆したと思われること。そして最後は……。
「……まさか、余がマティウスに王座を譲ったことで、こんな事になってしまうなんてのぅ……」
自分の退位決断が友好国にまで火種を持ち込む顛末に繋がっている事が、ブランネルには何よりもショックだった。
もちろん、火種の大元自体は兼ねてからマルヴェリアに燻ってもいたのだろう。穏健派の国王の政治的手腕を裏でこっそりと支えるために、マルヴェリアもそちら方面の研究が盛んだったのだと判断せざるを得ない。
それでなくても、ミュレットはマルヴェリア産のカケラの可能性が高いのだ。……彼女が女性のカケラ最長齢である時点で、ややもすると、マルヴェリアのカケラ研究の歴史の方が、シェルドゥラのそれよりも分厚いかも知れない。
「……ここで落ち込んでおっても、仕方ないの。とにかくじゃ、キャメロ。ラウちゃんから合図があったら、いつでも動けるように準備しておいてくれるかの? ……まぁ、ラウちゃんは心配ないじゃろうけど。あんまり、無理をさせるわけにもいかんしの」
「承知しました。……ラウール様、相当に堪えてますよね、これは」
「じゃろうな。余相手にさえ、どんなに機嫌が悪くても、ご主人様だなんて気色の悪い言い方をせんかったのに。全く……あの子はご機嫌を取り繕うのが、本当に下手じゃのぅ」
だからこそ、ブランネルは尚も情けないと嘆息してしまう。ラウールを知らな過ぎるとは言え、彼は決して易々と飼い慣らせる猫ではない。今は牙も爪も、嫌味と一緒に引っ込めているようだが。ひとたび本性を顕せば、例え本物だったとしても……人間が作った首輪など、猛虎相手には意味を為さないだろう。
それなのに、ちっぽけな首輪1つで悦に入っている息子の、何と情けないことか。そんなラインハルトの行く末がどこまでも、深い深い闇に繋がっている事も容易く想像しては……本当に、馬鹿な奴だとブランネルは思わずにはいられない。そして……。
(ラウちゃんは究極の彗星・イヴが産み落とした、最高傑作。……表向きはそんな事になっているけれど。じゃが、テオが知ったイヴと子供達の真実は……決して、人間が最高傑作などと豪語してよいものではなかった……)
真実を知ったからこそ、テオはイヴを愛したのだし、子供達に打ち明ける機会を慎重に見定めようとしていた。だが……彼は子供達と腹を割って話し合える仲になる前に、この世を呆気なく去っていた。




