深きモーリオンの患え(6)
いかにも不機嫌な様子で、いかにも横柄な態度で。ようやく約束の場所に現れたラインハルトは、ルサンシーがしっかりとラウールに首輪を取り付けているのを見届けて……恐るるものはもうないと、いよいよ凶暴な本性を曝け出す。会食の時には、それなりに「よそ行き」の態度を貫いていたらしい。首尾よく事が進んだと、ラインハルトは手駒が増えた喜びを隠すこともしなかった。
「ふん……なんだかんだで、最高傑作とやらも大した事ないな。まぁ、いい。金緑石ナンバー3を手に入れたとなれば、私の行手を阻むものはもういないだろう。それに……お前が言い含めれば、イノセント様も願いを聞き届けてくれるかも知れん」
「おや、左様でしたか。……あの子に何を願うおつもりですか? ご主人様」
一方で……ルサンシーの示した計画通りに、こちらはこちらで「よそ行き」の演技をしてみるラウール。Nothing ventured, nothing gained……虎穴に入らずんば、虎子を得ず。捕まったフリをして、大切な虎の子に近づこうと、父虎は大人しく爪を隠したまま、いつもの嫌味も引っ込める。
「それもこれも、お前がいたせいなのだ! 私に注がれるはずだったイヴの愛を奪っただけではなく……最愛のイノセント様さえも、誑かしおって!」
「……申し訳ございませんが、ご主人様。……俺にも分かるように、ご説明いただいても?」
予想外の名前に、流石のラウールも思考が追いつかない。イノセントはさておき……ここでどうして、母親の名前が出てくるのだろう? しかも、注がれるはずだった愛とは?
「ふ、ふん! まぁ、いいだろう。見た目だけの馬鹿にも分かるように、説明してやるぞ。そうだな……最初の出会いは私がまだ……」
見た目だけの馬鹿、ね。
見た目はともかく、中身も非常に残念なお前にだけは言われたくないと、反射的に言い返したくもなるが……既のところで、言葉を飲み込む。ここでいつもの態度をぶり返したら、虎穴の入り口にさえ案内してもらえないだろう。
そうして自己陶酔も絶頂とばかりに繰り広げられるご説明は、有り体に言えば……タダの片想いと勘違いなのだから、ますます居た堪れない。彼の話を要約するに、若かりしラインハルトはイヴに一目惚れしたが、恋破れ……歳を重ねたら重ねたで、懲りもせずにイノセントという同類で穴埋めしようとしているということになりそうだ。そして、自分に靡くはずのイノセントはラウールが父親ヅラしているせいで、相手にしてくれないのだとか。
(なんて滑稽な。話の内容も、内容ですが……こうも簡単にイノセントがいることを、白状するなんて。もしかして、ラインハルトは……)
それこそ、タダの馬鹿なのでは?
目の前で熱っぽく、素敵な愛の物語を垂れ流すラインハルトを眺めながら……ラウールは内心で彼をこき下ろさずにはいられない。
(いい歳をこいて……恥ずかしげもなく、ここまで素敵な愛とやらをオープンにできますね。なるほど、なるほど。……こちらの暴君様も、都合がいいように仮想敵を作りたがる方のようです。しかも、この感じは……)
……何となくだが、いつかの傀儡師様に似ている気がする。しかも、幼女姿のイノセントに恋をしているとなると、ロリータ・コンプレックスのケもあるのかも知れないと、ラウールはいよいよ呆れ顔を隠せなくなってきた。
「……なんだね、その生意気な顔は。ご主人様相手に、いい度胸だな?」
「あぁ、申し訳ございません。俺は、あまり人の話を聞くのが得意ではないもので」
そう言いつつ、このままおしゃべりを続けて下さいと促しては……しめしめと、腹の中でほくそ笑む。ラウールとて、丸腰でこんな場所までノコノコとやって来た訳ではない。今回のマルヴェリア旅行には、錚々たるプロフェッショナルの面々が揃っているのである。そんな貴重な戦力を活用しないなんて、それこそ馬鹿のすることだ。
(この会話を聞いて、彼らはなんて思うのでしょうね……。特に、白髭は悲嘆に暮れているかも……)
右袖のカフスボタンに仕込んだ発信機で、ラウールの現在位置と周囲の会話はブランネルや、彼に同行しているキャメロ少将……アンドレイ副騎士団長の息子にも筒抜けだったりする。そして、ヴィクトワールがわざわざキャメロを選んで寄越した理由は、たった1つ。フランシスの経験談と予想から、対象が増えることを想定し、実働部隊の手練れを手配することで、マルヴェリアでも保護活動をしてしまおうという魂胆なのだ。
虎穴に協力者がいたのは、想定外だったが。こうして相手の事情にも入り込めた以上……後は頃合いを見計らって、暴れるだけだ。
(それにしても……どこまで続くんでしょうかねぇ。この陳腐な無駄話は)
きっと背後の彼も、腹の底から呆れているに違いない。悪魔を気取るのは、人間だけで十分と、彼は言いもしたが。道化を気取るのも人間だけで十分だと、ラウールは斜めになった心構えで、皮肉っぽく考えずにはいられない。
(焦っても、いい事はありません。ここはとにかく、辛抱です……!)
ひたすら、耐えろ。耐えるんだ。自分を鼓舞しながら……ラウールはピエロよろしく作り笑いをすることで、胸焼けしそうな悲恋話をやり過ごす。
彼の手札を確認して、解放する手段を見つけること。それが自分に課せられたミッションであり、本当に聞き届けて欲しい同類達の願い。だから……こんな苦行程度で、彼らの自由を諦めるわけにはいかない。




