深きモーリオンの患え(5)
さて、どこから話そうかな。
コーヒーを啜りながら、嬉しそうにルサンシーが言葉を弾ませる。きっと、彼のテオに対する印象は「良いもの」なのだろう。片や、目の前で継父の「無責任」を体感したラウールの目には、ルサンシーの高揚感はやや異様に映る。
「ふふ。そんなに怖い顔、しないで。テオさんは人間の割には、頑張った方だと思うよ。……家族を守るために、きっちりと金緑石ナンバー1・アダムズとの取引も成立させたのだから」
「継父がアダムズと……取引、ですか?」
「だっから、さ〜……その継父っていうの、やめようよ。素直に父さんって、呼んだらどうなの」
「……」
姿は執事のクセに、同類同士の「楽しいお喋り」を始めた途端に、妙に馴れ馴れしい態度を取るルサンシー。見た目と言動が全くもって一致しないと、ラウールは苦々しく思いつつも……去年の墓参りの際に、同じようなことをモーリスから言われた事も思い出し、少々バツが悪い。
(……分かっていますよ、本当は。俺だって……)
父さんと素直に呼べたのなら、どれだけ良かっただろう。だけど、ラウールにはどうしてもテオを認められない理由が2つあった。1つ目は純粋に母親の愛情をちょっと奪われたという、嫉妬。2つ目は……。
「……彼は最後まで無責任な人でしたから。俺の体の作りを知っていたはずなのに、何1つ教えてくれる事もありませんでしたし。その上……ずっと一緒にいると大口を叩いていた割には、呆気なくいなくなりましたからね。……本当に馬鹿な人です。カケラ相手にタダの人間が対等に立ち回ることも、家族になることも……できやしないのに」
そんな事を言いつつも、テオを「継父」扱いするのがいかに不毛な事かは、ラウールとて理解している。だが、テオは残念な事にラウールと家族になりきる前に死んでしまった。最期は兄弟の目の前で轟々と、真っ赤に真っ赤に燃えて。気がついた時には……彼は約束を果たす事もなく、物言わぬ遺骨に成り果てていた。
「悲しい顔をするって事は、君もテオさんを嫌いじゃなかったんじゃないかな? それにしても……まぁ、あの人が無責任なのは僕も同感。巡り会えるかどうか分からない息子宛の手紙を、何故か僕に託すんだものね。本当に……無計画にも程がある」
それでも、カケラの寿命は長いし、何より互いに目立つ存在でもある以上……テオは最も可能性の高い相手に、重要な秘密をあらかじめ託していたらしい。しかも……彼らのオーダーであるダイヤモンドの引き渡しとの交換条件で、伝言をお願いしたというのだから、ますます呆れてしまうではないか。
「手紙に……息子宛、ですか? あぁ。でしたら、俺宛じゃなさそうですね。きっと、兄さん宛でしょう」
「いや? しっかりと“愛しいラウールに”って、書いてあるけど?」
愛しいラウール……? あのお調子者で、今ひとつ掴みどころのない継父が……自分を愛しい、だって? それは、何かの間違いじゃなかろうか?
しかし、実際に手渡された手紙の文字を見つめれば見つめる程……彼を「嫌いだ」と決めつけるのさえも、馬鹿馬鹿しく思える。どこまでも優雅で、丁寧で……穏和な表情を見せつけてくる、柔らかな印象の文字。そして、ほのかに鼻腔に届く芳香は紛れもなく、先代が愛用していた香り付きインク・Premier amour、“初恋”の香りだった。
「これ……封が切られていませんね。あなたは読んでいないのですか?」
「どうして? 他人宛の手紙を読むだなんて、エチケット違反にも程があるでしょうに。そんな野暮な真似はしないよ。なんてたって……他ならぬ、親友のお願いだもの」
「……親友、ですか。それはそれは……随分と陳腐ですね」
フンと鼻を鳴らしては、辛うじて虚勢と不機嫌とを繕うが。それがタダの強がりなのが、自分でも分かってしまうのが我ながら情けないと、今度は深いため息をこぼす。そうして、ラウールが諦めたように手紙の封を切ろうとしたところで、ルサンシーが急に慌て始めた。この様子は……。
(どうやら、彼にも……首輪が巻かれているようですね……)
おそらく、コントローラーの持ち主が近づいてきたのだろう。いつかの時に、貧弱なウレキサイトが見せたのと同じ焦りの反応を示しながら、ルサンシーがそそくさとコーヒーカップを片付け始める。
「……すみませんね、ラウール王子。申し訳ございませんが、そろそろ時間切れのようです。今はとにかく僕の言う通りにしてください。 ……君だけが、頼りなのです」
「俺が頼り? それは一体……」
ラウールの疑問に責任を持ちましょうと、最初に出会った時に戻ったように、気取った執事へ化けるルサンシー。カップを片付けた後に、素早くラウールの背後に回ったかと思うと……ヒソヒソと司令内容を伝えてくる。
「……分かりました。彼の手札を探ればいいのですね」
「えぇ、頼めますか。……僕だって、できる事なら凶暴なダイヤモンドだなんて、陰口を叩かれたくありませんし。……悪魔を気取るのは、人間だけで十分です」
「……」
ルサンシーとの対話時間は、僅か20分弱。そんな時間で相手の何が分かると言われれば、それまでだが。懐に仕舞い込んだ親友の手紙とやらへの接し方が、彼の誠実さを示しているようにも思えて。ここはルサンシーの案に一口乗ってやってもいいかと、判断するラウール。そうして……今か今かと、ご主人様のご登場を待ちわびるのだった。




