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深きシトリンの憂い(16)

「タイエン、どこに行ったんだろうなぁ……いつもだったら、もうとっくに()()()に着いているはずなのに……」


 メイギーがいつも通りの時間に、いつもの工場に出勤してみても。いつも通りの席には、仲良し同僚のタイエンの姿がなかった。しかも、妙に騒つく職場で無秩序に囁かれる噂話を聞きかじれば……そのタイエンは、マルヴェリア王城への不法侵入罪と、王族に対する不敬罪とで捕縛されたらしいことが漏れ伝わってくる。


「タイエンが一体……何をしたって言うんだ? ね、ねぇ。ギリアンは知ってる?」

「あぁ、何となくは知ってるよ。ほれ、ここにも載ってるだろう? なんでもアイツ……城の会食に紛れ込んで、ロンバルディアのお妃様に言い寄ったらしいぞ? ヒューッ! タイエンもやるねぇ。……多分、美人なお妃様に一目惚れでもしたんじゃない?」

「……」


 隣の席に座っている同僚・ギリアンから新聞を借りて、書かれている文字を素早く目で追うメイギー。そうしてしばらくした後で、ギリアンが言っている事は現実だと震えつつ……タイエンがやって来た時の事を思い出していた。


(なるほど。そういう事だったんだ……)


 タイエンには、右手の人差し指がなかった。あまり深い事情は聞くまいと、メイギーは気も遣っていたが……仕事もしづらそうなタイエンに、ワケを聞かないままでいるのも、なかなかに難しい。一方で……きっと、職場で親身に世話をしてくれたという事もあるのだろう。どこか浮世離れしていて、孤立しがちなタイエンもメイギー相手には世間話をするくらいには打ち解けており、ポロッと出身についてこぼした事があったのだ。


(確か、タイエンはロンバルディア出身で……()()に酷い目に遭わされたから、逃げてきたんだよな……)


 タイエンがポツリポツリと、寂しそうに語ったところによると……元貴族の彼は()()で恋敵に負けたらしく、指の怪我はそれが原因らしかった。しかも決闘の相手が非常に悪かったとかで……喧嘩をふっかけた相手が王族だったものだから、国外追放の処分になったということになっている。

 もちろん、それはタイエン(モホーク)が悔し紛れに作り出した()()()でしかないものの。彼側の事情しか知らないメイギーにしてみれば、1つの誤解を育むにはあまりにお誂え向きの情報だ。


「……タイエンはこの後、どうなるんだろうなぁ……」

「さぁ? だけど聞いた話じゃ、身柄はロンバルディア預かりになるらしいぞ。しかも……会食を台無しにされたって、ラインハルト殿下がお怒りらしい。マルヴェリア側に戻されても、一生牢屋行きなんじゃないかな……」

「そ、そんな!」

「仕方ないだろ、メイギー。だって、どうも……記事を見る限り、タイエンの方がお邪魔虫っぽいし。なんでも、お妃様に横恋慕していたアイツは()()()()()腹いせに、娘さんを誘拐したらしいぞ。ハハ……最初から叶いっこない恋なんか、しなきゃいいのにな。可能性がないものを追いかけたって、無駄なことくらい……メイギーだって、ここに住んでりゃ、嫌でも分かるだろ?」

「そう……だよね」


 “可能性なんか、これっぽっちもないのにねぇ”

 つい一昨日にはそんな事を言い合いながら、見目麗しい王子様に沸く乙女達を横目に……タイエンと肩を寄せ合って、新聞を眺めていたというのに。それでも、ちょっぴり気の置けない仲間だったタイエンに、同情しては……メイギーは重々しく、またもため息を漏らす。

 きっと、この新聞もロンバルディア側に()()()()内容に違いない。優しくて、ちょっと間抜けなタイエンが自分の意思で、こんなに()()()()()をするなんて、誰が信じられるだろう。だとすれば、本当はタイエンとお妃様の恋路を邪魔したのは、このラウールとか言う王子様の方なんじゃなかろうか。


(なんとかして、タイエンを助けてやれる方法はないかな……)


 しかし、そこまで考えて……メイギーは「可能性なんか、これっぽっちもない」と、首を横に振らずにはいられない。ロンバルディアを怒らせたのも大問題だが、実質の最高権力者であるラインハルトを怒らせたのは、状況としては絶望的だと考えていい。タイエンを下手に庇ったり、助けたりしたら、それこそメイギーも彼の逆鱗に触れかねない。


(と、言っても……僕には王様達には会う機会すら、ないけどね……)


 きっと、タイエンにはもう、()()()()()会う機会はないだろう。

 何もかもが変化する可能性すらない、いつも通りの日々。メイギーはグルグルとそんな事を考えつつも、読んでも気落ちしかしない新聞にかじり付くのも、そこそこに。始業のチャイムと同時に、代わり映えのしないルーティンワークへと、いつも以上に没頭していくのだった。

【おまけ・シトリンについて】

和名・黄水晶、モース硬度は約7。

アメジストと同じく、水晶の一種。

本来は水晶が放射線を浴びることによって、徐々に黄色く色づいた物を指しますが……。

放射線に反応する性質を利用して、アメジストを加熱処理したものが「シトリン」として流通することが多いようです。

上記の手法を施しても、組成に変化はない一方で、熱処理をしていない天然物のシトリンは超高級品扱いとなり、一般の市場には流通しないのだとか。

なので、作者のような庶民が目にするシトリンは、元はアメジストだった可能性が高そうです。

……なんだか、色々と考えさせられるものがあります。


【参考作品】

特になし、なのです。

今回の水晶3部(次回のモーリオンでマルヴェリア遠征部分は終了となります)の後は、グスタフルートを回収予定です。

とは言え、いつも通り行き当たりばったりになりそうです。すみません。

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