深きシトリンの憂い(14)
「ほらほら、そんなに難しい顔ばっかりしていないで。ラウール様もキャロル様も、少しは休憩なさったらいかがでしょう?」
「すみませんね、サナ。あなたも、長旅で疲れているでしょうに」
タイエンの処遇について、ラウールとキャロルが渋い顔をしていると。精神安定剤をどうぞと、サナが気遣いと一緒にいい香りを振りまくコーヒーを運んでくる。
「う、嘘ッ……! あのラウール様のお口から、労いのお言葉が出るなんて! も、もしかして、お熱でもあるのですか? お薬もお持ちしましょうか?」
「俺は至って正常ですし、平熱ですよ、サナ。それに……キャロルも何をそんなに、笑っているのですか……?」
しかし、あまりに珍しいラウールの意趣返しに、却って困惑して見せるのだから……虎猫ちゃんとしては、非常に不本意だ。しかも、キャロルが嬉しそうに、クスクスと意地悪く笑っているともなれば。……今の今まで、変な誤解をされていたのではないかと、今度は心配になってしまう。
なお、ラウールの気配りレベルに関しては、周囲の認識にそこまでの誤解はないだろう。大抵の事柄には無関心、大抵の相手には無愛想。それがキャロルと出会うまでのラウールの正常な状態であり、気配りを見せる彼こそを状態異常だとする方が、まずまず間違いもない。
「まぁ、コーヒーはありがたく頂くとして。……これは、どうしましょうかね。逃がしてやりたいのは、山々ですが……」
「うん、そうだよね。この部屋には、見張りがきっちり付いている。どうも、サムは対象外っぽいけど……タイエンさんもその格好じゃなければ、怪しまれていただろうね」
なんでも、サムはお城から「使用人を借りました」と嘘をついて、タイエンを連れ込んだらしい。後ろ手に縛られたままでの補導はなんとも、奇妙な光景には違いないが……王子様の傲慢と趣味なのだと、押し通し。獰猛なドーベルマンも足元で唸らせて、強行突破してきたのだそうだ。
「何にしても、サムの機転で何とか助けてあげられそうですね」
「ほ、本当? 僕、余計な事をしちゃったのかと、思ってたよ……」
「そんなことはないですよ、サム君。あなたが連れてきてくれたおかげで、こうして助けられるのかも知れないのですから。……してしまった事は、ちょっと大きな事ですけれど。本人が仰る通り、誰かを傷つけた訳ではないですし。このまま一生、牢屋で過ごすのは可哀想すぎます」
「キャ、キャロルさん……!」
「ですけど! これを機にタイエンさんはしっかりと、反省してくださいね。もう、こんな非常識な真似はしないでください」
「ゔっ……」
きっと、ここでしっかりと教育しておかなければ、彼の無鉄砲は治らないと判断したのだろう。キャロルにまでハッキリ「非常識」と言われて、途端にしょげ始めるタイエン。そんなキャロルとタイエンの様子に、ちょっとしたお仕置きをする分には問題なさそうだと、ラウールは少しばかり眉間のシワを緩め始める。
「……ふむ。そうですね。滞在中に、タイエンさんにはちょっとした試験を受けてもらいましょうか」
「し、試験?」
「えぇ、試験。この際ですから、こき使われる側の苦労も存分に味わってみればいいのではないかと。実は、警護の人員は用意されているのですが、あいにくと召使いは調達出来ず終いでしてね。まぁ、自分の身の回りの世話くらいは、自分ですればいいのでしょうけど。細々としたことは、何かとサナに押し付けがちになってしまいそうですし。臨時の召使いとして、タダ働きの用命を差し上げることにしましょ。もし、最後まで俺が満足のできるレベルで勤め上げられたのなら……逃げる手助けくらいは、してあげてもいいですよ」
「は、はい……。多分、ご用命を受けた方がいいんでしょうね、ここは」
「そういう事です。ですので……ヴァン様」
「うん、分かってる。……変装用のマスクを用意すれば、いいんだよね? この人の。ふふふ……ラウール君もなかなかにお優しいんだから」
ラウールのお仕置きの提案に、楽しそうに乗っかっては……どんなマスクがいいかなと、タイエンの顔をフムフムと見つめ始めるヴァン。一方のタイエンはヴァンのバター色と菫色を混ぜたような、不思議な色合いの瞳に見つめられて、俄かに緊張してしまうが。とりあえずは、命の心配まではしなくてよさそうだと……どこからか漂ってくる、清々しい香りに気分を落ち着けるのだった。




