深きシトリンの憂い(12)
迷子らしいおじさん3人を見送って、マルヴェリア城の中庭に戻ってきたサム。そうして「綺麗だね」とか、「あんなところに花が咲いているよ」とか……自然な独り言を愛犬に呟きながら、首輪を気にすると見せかけて、こっそりと彼の探索結果に耳を傾ける。
【……マチガいない。このニオイ……シロのどこかに、イノセントがいる】
「そっか。だとすると、やっぱり……」
【……アニウエがユウカイハンで、カクテイだろうな】
ラインハルトを兄上と呼びつつ、ジェームズがやれやれと首を振って見せる。サムの気晴らしは、あくまで口実。ヴァンがサムとジェームズをひとまず送り出したのは、相手の油断を誘うためだった。
きっと、ラインハルトの息がかかっているのだろう。ブランネルの周りこそ、ロンバルディア騎士団が固めているが、明らかにマルヴェリア側の護衛が必要以上に多い。それが単純なおもてなし由来の過保護であるのなら、問題もないが。本来は必要ないはずのラウール達とヴァン達の部屋の前には交代で見張りを立てているのを見ても、別の思惑を勘繰った方が自然だ。
しかし、そんな中……何故か、彼らのサムへの警戒心は妙に薄いらしい。どうも、サムは「王子様枠」扱いされているらしく、向こう側も軍事関係者としての認識がない様子。そのためか、メンバーの中でも自由に出歩けるポジションにあった。
「……見張りの人は、いないみたいだね。よし……このまま、お散歩を続行するよ。ジェームズ、もう少し詳しく分かりそう?」
【ニオイがウスい。だけど、これはトクチョウテキなニオイだからな。マカせておけ。それにしても……イノセント、よっぽどレイのコウスイ、キにイってたんだな。ヘンシンするトキにはカかさず、つけてた】
「そっか。……イノセントが攫われた時は、向こう側に変身していたんだね」
“le câlin de Blanc pur”……“純白の抱擁”。
イザベル・パッフュメリの看板商品第1号であり、イノセントのオーダーを元に作り出された、純白の竜神様をイメージした香水。ラウールの言を借りれば、見た目はちびっ子の竜神様にそんな大袈裟な包容力はない、ということだったが。本人は気に入っていた様子で、デビルハンターに変身する時はちょっぴり「おませさん」も気取っては……いつも、耳の裏にほんの少し吹きかけていた。
「そう言えば、今日はメクラディじゃないか。イノセント、ハール君の日をとっても楽しみにしてたのに……」
【それはシカタないだろう。コンシュウブンは、ジェームズたちもアキラめないといけないし……って、アッ! あいつはさっきの……】
「さっきの……うん? あの人、ジェームズの知り合い?」
【……イチオウ、そうなるのか……?】
人の気配をいち早く感じ取って、ジェームズが普通の犬に戻った途端に、中庭の向こうから喚く声と一緒に誰かが引きずられてくる。2人の衛兵に挟まれてズルズルと抵抗しているのは、なんだか召使いっぽい衣装を纏った、気弱そうな青年。
「ですから! 僕は確かに、ラウールさんの知り合いですけど……お嬢さんを攫ってなんか、いませんッ!」
「うるさい! この、コソ泥が!」
「そうだ、そうだ! 第一、調べはついている! お前はこの城のフットマンじゃないって事くらい!」
「あっ、これは……お洋服をちょっと、お借りしまして……」
「それを泥棒と言わずして、何と言う!」
(なんだろう? あの人、色んな意味で大丈夫かな……)
コソ泥が紡いだのは、説得力も気概も腑抜けた稚拙な言い訳でしかない。しかして、彼の弁明の中に、明らかに捨て置けない叫びがあるものだから……サムはつい、呆れつつも彼らに話しかけてしまっていた。
「あのぅ、どうかしましたか?」
「うん? おや? あなた様は確か……」
「ロンバルディアの王子様ではありませんか!」
「あっ、違うんです。僕は王子様……でいいや、もう。それはそうと、お兄さんは……ラウール兄さんのお知り合いなのですか?」
王子様扱いの否定もそこそこに、サムが仕方なしに事情を尋ねれば。ここは何が何でも身元を保証してもらわねばと、サムに窮状を訴えると見せかけて……お兄さんは何故か、ジェームズに擦り寄るのだから、いよいよ間抜けである。
「あぁぁぁ! 会いたかったよ、ジェームズぅ!」
【ガルルルル(キヤスく、サワるな)……!】
「って、もぅ! そんなに唸らなくてもいいじゃないか……」
「……お兄さん、ジェームズの事を知ってるんですね。であれば……」
【キュゥん、ファフン(サム、どうするつもりだ)?】
「うん! だったら、僕達が身柄をお預かりします。丁度、騎士団の皆さんもいるし、尋問はロンバルディア側に任せてください。だって……マルヴェリアでは拷問は禁止されているでしょう?」
「た、確かに……」
「こちらでは、手荒な真似はできないし……」
【(ここでマルヴェリアジョウヤクをサカテにトるか)……】
サムもなかなか、やるじゃないか。
しっかりとマルヴェリア王国の内情と、その名を冠する条約がどんなものかを勉強してきたらしいサムが、本物顔負けの王子様らしさを発揮してニコリと微笑む。そんな暫定王子様の機転の良さに、ジェームズもフフンと得意げだ。しかし、一方で……。
「ご、ごごごごご、拷問ッ⁉︎」
「拷問になるかどうかは、お兄さんの態度次第だよ。とにかく、お兄さんはラウール兄さんの知り合いなんでしょ? もちろん……こちら側でお話、聞かせてくれるよね?」
「は、はひ……」
本当はそんな事は、しないけどね。
内心でちょっと舌を出しながら、お縄を頂戴している「お兄さん」を引き連れて。サムは2本に増えたリードを握って、ちょっぴりご機嫌だ。それでなくても、こうして衛兵が来てしまった以上、調査は断念した方がいい。とにかく、今はイノセントが城のどこかにいる事が分かっただけでも、良しとしなければ。それに……。
(……この中庭の先に、人を閉じ込める場所があるんだろうな。だとすると……)
コソ泥らしいお兄さん……タイエンが連れて行かれる先は、いわゆる牢屋である可能性が高い。そんな彼を連れた衛兵が通るという事は……中庭はオフィシャルの経路ということでもある。
イノセントの残り香と、罪人を引きずる経路。その先にはきっと、お姫様が捕らえられているに違いない。それが……勘が冴えに冴えている、王子様が持てる限りの見解だった。




