深きシトリンの憂い(11)
会食を無事終えたと、安心できる状況ではないけれど。程よく誘拐犯をデッチ上げられたのは、幸運だった。しかし、それでも……荒々しい足音で廊下を進むラインハルトの苛立ちは、治まりそうもない。
(今更、こんな所で再会する事になるなんて……! 本当に忌々しい……!)
自分の正面に座っていたのは、端正な顔立ちに深いグリーンの瞳をした青年。ブランネルの孫だと紹介されていたが……間違いない。彼は憎たらしいテオが攫って行った、何よりも愛しいパーフェクトコメットの忘れ形見。誂えたように同じ黒髪に、あまりに酷似した美しい面影。今まで、イヴの息子達とは直接に顔を合わせた事はなかったが。面と向かって見れば……イノセントにも「お前よりも余程男前」と言われたことが、現実味を帯びてくるから悔しいではないか。
(しかも、私のイノセントを娘だと⁉︎ 恐れ多いにも、程があるぞ!)
はてさて。その「恐れ多い」は、誰に対する畏怖であろうか?
イノセント自ら「宝石鑑定士の養女で通っている」と明言している時点で、ラウールの娘発言は天空の来訪者に対する冒涜には、既になり得ない。であれば、やはり「不遜」に対する不愉快は、自分への暴言だと感じられたからだとした方が、正しいだろう。
たった1つのキーワード……「娘」という彼の発言には、実際に色々な牽制が込められていた。あの憎たらしい若造は敢えて「父親」としての立場を示し、ラインハルトの動向を窺っていたのだ。まるで、何もかもを見透かしたように……愛しいと錯覚したあの人と同じ顔で、決して思い通りにならなかった、思い出の面影で。
お前が攫ったことくらい、本当は知っている。お前が隠していることくらい、全てお見通しだ。だから自分の娘を返せと、憎たらしい忘れ形見は最初から最後まで……父親ヅラした険しい表情で、ラインハルトを威嚇していたのだ。
「……随分と不機嫌そうだな、ラインナントカ」
「イノセント様程ではありませんよ。……お食事、お気に召さなかったのですか?」
「こんな腐敗臭のするモノ、食えるか。……ブラックサファイアを混ぜ込むようなことはしなかったようだが、きっちりとそれらしいモノを仕込んでからに。……私は純潔の彗星ぞ。共食いはせぬ」
「おや、そうだったのですか? プリフィケーションを取り込まれたと、聞きましたが? それは共食いにはならないのですか?」
「口の減らない奴だな、本当に。まぁ……確かに? プリフィケーションに近しい者の核石を取り込みはしたな。だが、あれは共食いではなく、元に戻ろうとしただけに過ぎない。……この食事に混ぜてあるカケラ達の無念とは、程遠いものぞ」
「……」
どうやら、竜神様は好き嫌いが激しいだけではなく、嗅覚も敏感なものらしい。粉々に砕いて、混ぜ込んだ秘密のスパイスを嗅ぎ分けては、酷い臭いがするとソッポを向いてみせる。その上で、ラインハルトの神経を逆撫でするようなことをわざわざ言うのだから、余計に愛おしい。
「キャロルだったら暖かいスープと、芋とベーコンを焼いたヤツにチーズをかけて出してくれるぞ。もちろん、変な粉なんか入っていないヤツ、だ。それで、ラウールだったら……生意気にも、私にこう命令するだろうさ。食事の前に手を洗ってきなさい、とな。食事はただ、食べられればいいわけじゃない。豪華であれば、いいわけでもない。……誰と一緒に囲むかが、大事なのだよ。だから、私はあれらの娘でいる方がよっぽどいい。お前なんぞと、食卓を楽しく囲めるとも思えん」
「……なるほど? あの若造はあなた様を、そこまで子供扱いしているのですね? 何と、嘆かわしい」
「何がだ? 何が嘆かわしいのだ? 無理やり攫ってきたよその娘を嫁にするなどと、狂言を吐いている大馬鹿者の方が、よっぽど嘆かわしいと思うがな」
王族であるはずの自分にさえも、靡かない頑固な花嫁。それはまるで、あの人との永遠に失われた愛の記憶と郷愁を呼び起こすよう。それはもう、絶対に手に入らぬ禁断の愛。だが……手に入らないとなればなる程、夢中になるのは人間の浅ましいサガでもある。
だからこそ……自分を強硬に拒むイノセントが愛おしくて、欲しくて仕方ない。そして、彼女の立場に対する見解がラウールの認識と一致しているのが、何よりも気に食わない。
「あれらの娘でいる方がよっぽどいい」。それが明らかな本音である事を理解できてしまうのが、ラインハルトには何よりも不愉快だった。




