深きシトリンの憂い(9)
(紛れ込んでみたはいいけれど……ゔっ。考えたら、僕は……)
紛れもなく、タイエンはラウールとキャロルとも顔見知り。ちょっと苦労して、ほんの少し痩せたけれども。体型や雰囲気は、あの時からほとんど変わっていない。変わったことと言えば、貴族じゃなくなったことと、名乗り口上くらいのもので。……コスチュームプレイの趣味も、何だかんだで美人に目がない嗜好も変わっていないかった。しかも……。
(ど、どうしよう。さりげなく、手紙でも渡せばいいのかな。……こんな事なら、手紙も書いてくればよかったなぁ)
計画性があるようで、肝心なところで抜けているのにも、何1つ変化がない。そればかりか、悪いことに……タイエンはあれ程までの敗北を喫したというのに、全く懲りてもいなかった。
そうして、召使いのスーツを着込んだまま、迎賓室に連なる廊下をウロウロしていれば……身に覚えのない叱咤が入るのも当然というもので。いかにもな格好をしている方が悪いと、タイエンを従者と勘違いしたらしい年配のメイドが、非常に気の利いた指令を出してくる。
「あなた、こんな所で何をボサッとしているの! ほら、料理長がお待ちかねですよ。サッサと、デザートを運んでおしまいなさいな」
「へっ? ……デザート?」
「そうですよ。まさか、知らないとは言わせないわよ? ロンバルディアのゲストと一緒に、殿下が会食中でしょう? フットマンがお料理を運ばなくて、どうするのです」
「フットマンですか?」
そうか、自分が着ているスーツはフットマン用のものだったか。通りで存在感が薄っぺらい自分が着ても、ちっとも違和感がない訳だ。
ちなみにフットマンとは、一般的には男性の下級召使いである。しかして、フットマンを雇う事自体がステータスとして認識される部分もあり……スーツのやや無理をしている華やかさからしても、マルヴェリアにおいても認識は変わらないのだろう。男性の召使いというのは、女性のメイドを雇うよりもコストがかかるものなのだ。そして……コストの差異の理由は至極、明快単純。男性の使用人には、雇用税に組み込まれた使用人税が課せられるからである。別段、女性の業務完遂能力が低いというわけではなく、課税対象か非課税かの違いでしかない。
ここがマルヴェリア王城内であるため、税金に関しては勘案しなくても良いのかも知れないが。少なくともタイエン……もとい、モホークが育ったブルローゼではメイドとフットマンの違いは性別や役割の違い以前に、貴族の威信を匂わせられるかどうかに重きを置かれていたように思う。
特にフットマンは「見栄」のために雇われる側面があり、「高額納税者」の余裕を見せつける意味でも、男性であることは必須。しかし、コストこそかかるが、フットマンは必要不可欠な存在かと言われれば、そうとも言い切れない。
なぜなら、一般的なハウスキーピングはメイド達に任せれば良いだけだし、対外的には執事は家令か上級召使いのバトラー階級がいれば、まずまず世間体も保てる。厳密な意味では、彼らもしっかりと「従僕」であることに変わりはないが、フットマンは「お飾り」として持て囃される傾向があるため、若く美しく……そして、背が高いことと、フットラインが美しいことが条件とされる。仕事は二の次とされないにしても、微妙な雇用基準もあったりするため、バトラーまで勤め上げられる素養を持つものは、ごく少数に限られる。
(それって、つまり……もしかして……!)
僕って、フットマンとしてもやっていけるって事かな? 要するに、見た目は悪くないって事だよね?
……無論、今気づくべき事は、幻想めいた含みではない。結局、タイエンの根っからの貴族的思考回路による、勘違い体質も健在である。確かに、フットマンは見た目重視の部分はあるかも知れないが、全てが全て、その選考基準が適用される訳でもない。
しかして、顔が割れているという不都合と一緒に、偽物であることもすっかり忘れ……元気よく返事をしては、いそいそとお仕事に向かうタイエン。心強い自己肯定感により、熟年メイドの指摘を熟練従者のお眼鏡に叶ったという、「合格通知」に書き換えて。ノンストップの高揚感を胸に、お役目を頂戴した「お仕事場」へ、いざ行かん。そして、憧れの君の元へ……今度こそ、颯爽と馳せ参じて見せましょう。




