銀河のラピスラズリ(19)
兄の帰宅への挨拶もそこそこに。いつかと同じように、胡椒をたっぷり纏ったハッシュドポテトを摘みながら……手元の本に夢中らしい、ラウールの姿が目に入る。そんなラウールをお行儀が悪いのだからと、ソーニャがチクリと言っても一向に動じないのを見るに……今度の本は彼にとって相当、面白いようだ。
「あぁ、お帰り兄さん。……ホルムズ警部のご容態はいかがでしたか?」
「うん……。まだ全快とまではいかないみたいだけど、処置も早かったとかで……後遺症はあまり心配しなくて良さそうだということだった。それとは別に……いよいよリーシャ真教に本格的に捜査が入る事になったみたいでね。……相当の逮捕者が出そうだという話だよ」
「でしょうね。……俺が見てきただけでも、劇薬取締法違反に人身売買……それと霊薬を騙った偽造品販売に、軍事目的以外の所有が認められていない重機関銃所持に伴う、銃刀法違反。ここまでくると、犯罪のオンパレードです。……一体、誰が入れ知恵をしたのやら……」
手元の本をパタンと閉じながら、ご機嫌の麗しさを急降下させるついでに、ようやくポテトの胡椒にも気付いてソーニャを詰るように見上げるラウール。そんなじっとりした視線をどこ吹く風とカラリと受け流しながら、ソーニャがもう1つの報告をし始める。
「そうそう……ラウール様から預かった“銀河のラピスラズリ”の鑑定結果が出ましたよ」
「おや、存外早かったですね。それで? ……ムッシュは何と?」
「えぇ、今回はビンゴだったそうです。ですので……ラウール様の報告を元に、例の御本尊を引き揚げに入ると知らせがありました。……今度こそ向こう側に遅れを取る訳にはいきませんから。それと……ラピスラズリナンバー59……個体名・クシャマさんの保護にも成功しましたよ」
「そうですか。……それはよかったです。しかし……だとすれば……」
「はい。もちろん報酬もきっちり頂いてきましたわ。……お給金は私の方で生活費として管理するので、お渡ししませんけど。こっちはちゃんとラウール様の分も、もらってきました。……さ、どうぞ」
そんな事を言いながら、ソーニャがコップ1杯の水と一緒に、深い青色の丸薬をラウールに差し出す。そうして差し出された丸薬を一気に水と一緒に飲み干し……左胸に手を当てるとゆっくりと深呼吸をしては、ラウールが馴染加減を確かめる。
「……どうだい、ラウール。少しは楽になりそうか?」
「えぇ、今回は苦労した甲斐もあって……なかなかにいい感じです。最近は少々、進行が早まっていましたから……こうして、息継ぎだけでもできるとホッとしますね。とは言え、俺にしてみればやはり……どこまでもハズレでしかありませんか。完全に悪夢から醒めるには、まだ足りないみたいです」
安心したのも束の間、少し悔しそうな顔をする弟にかける言葉を見つけられずに……やっぱり自分は不甲斐ないと自責するモーリス。そうしてお互いに落ち込み始めたらしい空気を持ち直す意味でも、仕方ないとばかりにソーニャが新しい話題を振りまく。
「そう言えば、モーリス様。ラウール様がさっきから夢中のその本、どんな本か気になりません?」
「あぁ、そう言えば気になるな……。ラウール、それ……何の本なんだ?」
「知りたいですか?」
「うん、とっても気になるよ。……だって、お前がポテトの胡椒をものともせずに、のめり込むんだもの。よっぽど面白い本なんだろう?」
「えぇ、とても興味深い内容ですね。……“星の一生”を学術的に論じた専門書ですが、なかなかに考えさせられるものがあります。この本によれば……星達もその命を燃やして、輝いて、生きて……最後は俺達と同じように死んでしまうのだそうですよ、兄さん」
そんな風にどこか悲しそうにはにかみながら、頬を染めるラウール。きっと体調が上向いた証拠だろう、久しぶりに血色の戻った弟の表情に……いつかのように、思わず目頭が熱くなるモーリスだった。
【おまけ・ラピスラズリについて】
人類が初めて利用・認識した鉱石と言われ、世界最古のパワーストーンとされるラピスラズリ。
歴史の要所要所に登場してきた古株の宝石で、史実と見た目も相まって「最強の聖石」の2つ名を持ちますが……
一方で、モース硬度は約5.5と、意外と脆い石だったりします。
かつては毒に強いという迷信があったみたいですが、実際は酸や衝撃にも弱く、扱いには特に注意が必要です。
また、化学薬品にも非常に弱いため、塩酸などと化学反応を起こして鉱物なのに軟体化したりします。
とは言え、その深いブルーは今も昔も人を虜にしてきた宝石であることは、間違いないでしょう。
かのツタンカーメンにしても、フェルメールにしても……その存在抜きには語れない芸術品も多いことから、人類に最も大きな影響を与えた宝石なのかもしれません。
【参考作品】
特になし。
尚、最後の方のちょこっと登場するラジル・ブライトは『アオヘビ伯爵と柘榴石』からのゲスト出演です。
宝石繋がりという事で、作者の横暴に付き合っていただきました。




