深きシトリンの憂い(4)
(どうして、こんな事になったのでしょうねぇ……)
事情が事情なので、ブランネルは最速で遠征の手配を進めてくれたらしい。作戦会議からわずか3日後にマルヴェリア入りを果たすなんて、思いもしていなかったラウールではあったが。イノセントの状況が不透明な以上、出立は早ければ早いほど、好都合ではある。しかし、何故かブランネル……もとい、ヴィクトワールから出された条件に不都合が含まれていたものだから、今の彼は非常に不機嫌であった。
(何が悲しくて、今になって軍服を着なければならないんだか……)
華々しいパレードの馬上で、ラウールは尚も不承にも程があると、顔を顰めずにはいられない。
ヴィクトワールは護衛係として手持ちの狩人だけではなく、ロイス系統のノアルローゼの手練れも手配してくれた。ピックアップされた人選を見ても、かなりの大盤振る舞いだろうし、彼女の采配は相当に手厚い。そこは素直に感謝するべきだろうし、いくら偏屈なラウールとて、理解もしている。しかし、彼女はあろうことか……助力の交換条件に、ラウールの騎士団への服役を指定してきたのだ。しかも……。
(全く……! 俺はキャロルと離れ離れなのに、見せつけてくれますね……!)
ブランネルが乗るオープン仕様のキャリッジの両脇を固めているのは、何故かラウールと一緒に騎士団入りさせられたヴァン。しかし、ヴァン側にはこれまた軍服姿のサナが従っており……馬上同士とは言え、互いのアイコンタクトもお熱いご様子。馬の足元には、先導犬としてジェームズが付かず離れずの距離で寄り添ってくれてはいるものの。ラウールは1人寂しく、ブランネル側のサイドを守っているのに。……向こう側は2人で楽しくお仕事に励んでいるのだから、悔しいではないか。
「のぅのぅ、ラウちゃん」
「……何ですか、爺様」
「もぅ〜……なになに? 今、とっても不機嫌な感じかの? 相変わらず、可愛げがないんじゃから〜。とにかく、お前もきちんとマルヴェリアの皆様に手を振ってあげたら、どうじゃ? みーんな、注目しておるぞ?」
「……俺はあくまで、爺様の護衛ですよ。主賓は爺様の方でしょうに。おまけの俺がそこまでする必要、あります?」
「もっちろんじゃ! 何てったって、余の可愛い孫じゃからの! あらかじめ、自慢の孫と一緒に行くって、宣伝しておいたんじゃから。だから……ほれほれ! 笑えとは言わんが、手くらいは振ってあげるのじゃ〜!」
何を余計な事をしているんだ、この白髭は。
馬車の上から慣れた様子で白い歯を見せつつ、妙に優雅な手つきで愛想を振りまくブランネルの笑顔がこれ程までに憎たらしいと思ったことはない……と思いかけて、やっぱりいつもの事かと諦めるラウール。しかも、彼の隣からキャロルも頷いては、彼のご意向に従えと合図をしてくるから、旦那様としては敵わない。
(……仕方ありません。キャロルに嫌われないためにも、ある程度のサービスはしておきますか……)
不機嫌なりに無理をして、ぎこちなく笑顔を作ってみては……やや投げやりに、申し訳程度に手を振ってみるラウールだったが。すぐさま、足元から愛犬の怯えた声が上がったのに、更に居た堪れない気分にさせられる。
……家族サービスもなかなかに難しいが、異国の皆様へのサービスもそれなりに難しい。それでも、マルヴェリアの皆様はロンバルディアのロイヤルファミリーが物珍しいのだろう。まるで、何かの見せ物にさせられた気分だと、苦々しく思いつつも……これもお仕事だと、割り切って。イノセントを助けるまでの辛抱だと、淑女の皆様には意外とウケがいいらしい笑顔を振り撒くラウールだった。




