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深きシトリンの憂い(2)

 仕事帰りに喜び勇んで、久しぶりに商店街へと繰り出すタイエン。道中に憧れのあの子に着せるドレスをあれでもない、これでもないと想像しながら、ウキウキと手芸店を回ってみるものの。しかして、現実は非常に残酷かな。なかなかに、タイエンを満足させるお目当ての品物は見つからない。


(思うような生地が見つからなかった……。まぁ、それも仕方ないか……)


 富の再分配、と言えば聞こえはいいが。給与もきちんと支給されるとは言え、普段の贅沢と言えば、ちょっとしたお菓子くらいなもの。タバコや酒もそれなりに手に入るものの、コンスタントにこれらの高級品を楽しめる一般市民はまずまず、いない。

 マルヴェリアの暮らしは衣食住はしっかりと保証される反面、娯楽や嗜好品のバリエーションは非常に少ない。個人商店もあるにはあるが、いわゆる贅沢品には奢侈税がガッチリとかけられているため、品揃え自体も質素にならざるを得ないのだ。

 だから、そんな質素極まりない手芸店にあるものと言えば……普段使いに適したコットン生地に、刺繍糸のカラーバリエーションも、一通りあればまだいい方。ボタンも木製のものが大半を占め、形もシンプルな物しか並んでいなかった。


(これじゃぁ、キャロルさんにドレスを仕立てられないなぁ……)


 買い物らしい買い物もできず。自宅にたどり着く頃には、タイエンのウキウキステップは萎れに萎れて、力なく引きずられるのみ。集合住宅の狭く質素な部屋には、タイエンが工場の監督官に頼み込んで手に入れた逸品が鎮座しているが。()()()()()()()でようやく手に入れた、お下がりのミシンに触れては……タイエンは報われない現実に、ため息をこぼす。

 ブルローゼの一員だった頃には当たり前過ぎて、気づきもしなかったが。かつての境遇がいかに恵まれていたのかを、タイエン……かつてのモホークは今更ながらに思い知る。思うがままに必要な生地を使える、選択の自由(貴族の贅沢)に……タイエンは疑問を持つことさえ、しなかった。していたことと言えば、ため息混じりでミシンを駆って、ただただ兄の素行と自身の境遇を嘆くだけ。そして、自由と言う名の不自由(破滅)へ向かっているとも知らずに……タイエンは兄の恋路を邪魔するついでに、人生の選択そのものを失敗してしまった。

 もちろん、彼に貴族をやめること、延いては両親の期待を裏切る勇気があれば、もしかしたら今頃はデザイナーとしてデビューしていたかも知れない。だが、タイエンは両親をガッカリさせたくないのと、結局は貴族ではない自分を想像できなかったが故に、夢への第一歩を踏み間違えたのだ。そして、犯罪者になりかけたところを、誰かさんが下した追放処分に甘んじているものの。犯罪者の境遇よりは遥かにマシではあろうが、ある意味で飼い殺しの生活にはほとほと、絶望もしていた。それなのに……。


(ラウールさんはしっかりとキャロルさんと結婚したんだな……)


 あぁ、なんて報われないことだろう。自分が恋をする相手は大抵、既に決まった相手がいる令嬢ばかり。片や自分は、貴族から犯罪者までに転落した後、辛うじて()()()()しただけの一般市民。それでも……何気なく、受け取った号外に気になる記事を見つけては、懲りもせずにふむふむと読み漁るタイエン。

 記事によれば、明後日はブランネル公歓待のため、マルヴェリア城正門通りで盛大なパレードが行われるらしい。もちろん厳重警戒体制下ではあろうけれど、生でロンバルディアのロイヤルファミリーを見られるチャンスとあっては、輪をかけて退屈な暮らしをしているマルヴェリア市民にとって一大イベントもいいところだ。しかも、当日は祝賀に託けて休日扱いになるため、パレードの整理要員を急募するとある。これは……もしかしたら、千載一遇のチャンスなのでは?


(スタッフとして紛れ込めば、キャロルさんと話すチャンスがあるかも知れない……)


 可能性なんか、きっとこれっぽっちもない。そんなこと、誰よりも自分が1番、分かっている。それでなくても、あの日の失敗を忘れたことはないし……未だに失った人差し指の痛みを思い出しては、喪失感を拭い去ることもできない。だけど……それでも。


(もうどうせ、僕はこの国から出られないんだ。だったら、最後に諦めるための思い出くらい、作ってもいいよね……?)

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