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深きシトリンの憂い(1)

 マルヴェリアに逃げ込んでから……身分も名前も隠して、仕事に打ち込んできたけれど。やっぱり、赤毛のあの子を忘れられない。そうして、出国さえも許されないマルヴェリアの一市民として、かつてのモホーク……今はタイエンと名乗っている……は自分の夢をほんの少しだけ叶えては、それなりの生活を送っていた。

 自分の工房を持つには、至らないけれど。マルヴェリアはクラフトマンシップを重んじるお国柄でもあったため、モホークの高い縫製技術は相当に重宝されていた。ただ……。


(自由商業は認められていないんだよなぁ……)


 タイエンが勤めているのは、国営の縫製工場。そして、工場長は現マルヴェリア国王だというのだから、呆れてしまう。

 工場長が民間人ではないということ。それはつまり、一般市民は成り上がれないことを暗に意味している。自分の工房を持つことはおそらくできないだろうし、自由にドレスを縫うことも叶わない現実を、遠回しに示唆するものでもあった。

 ……仮に、この現実をかの怪盗紳士(グリード)が知っていたのであれば。彼のタイエンに対する「お仕置き」は、相当に意地が悪いと言わざるを得ない。


「なぁなぁ、タイエン。聞いたか?」

「ふぇ? メイギー、聞いたって……何をだい?」


 そこはかとない絶望感と一緒に、食堂でそれなりに恵まれた昼食を噛み締めていると。何かとタイエンを気にかけてくれている、同僚のメイギーが面白そうに声をかけてくる。そうして、自然な様子でタイエンの隣に腰を下ろすと……「これさ」なんて、持ち込んだ新聞の記事を示した。


「へぇ。ロンバルディアから、ブランネル公様が来るんだ」

「そうらしい。しかも、それだけじゃないぞ。今回は孫も一緒らしくてな。ほれ……見ろよ、この写真。なんでも、お供される孫は、ロンバルディア騎士団の准尉でもあるんだってさ。いやぁ〜! ロンバルディアの軍服っていうのは、なかなかに洒落てるね。まぁ……ここじゃ、()()()()服だろうけど」


 職場が職場だけあって、メイギーは異国の()()()()()に興味津々の様子。一方で、彼をよく知るタイエンは、写真越しの()()との再会に……生きた心地がしない。


(ラウールさん、本当にブランネル公の孫だったんだ……。しかし、これは何の因果だろうなぁ……)


 新聞には写真付きで、「噂の孫」のディテールまでしっかりと載っている。きっと目を引く顔立ちと、格好のせいだろう。主役であるはずのブランネル公よりも、彼の扱いの方が大きいのだから、呆れてしまうものの。タイエンとしては、それよりも……更に続く紹介文に、目眩を覚えずにはいられなかった。


「このお孫さん、結婚してるんだね……」

「らしいな。だから、女の子達が大騒ぎと同時に、もの凄くガッカリしてたよ。全く。可能性なんか、これっぽっちもないのにねぇ。大国の()()()()()()()()()相手に、何を勝手にガッカリしてるんだか」

「あはは……そ、そうだよねぇ……」


 新聞記事によれば、ブランネル公のお供は5名様+専属の軍用犬1頭。その上で、ロンバルディア騎士団から警護の人員も一緒にやってくるとあれば、マルヴェリア側は相当に入念な準備をしないといけないだろう。

 しかし、タイエンの関心事は()()の軍服でも、マルヴェリア側の受け入れ体制でもない。写真の隅であろうとも、しっかりと鮮やかな赤毛が主張している貴婦人……「噂の孫」の奥様だと紹介されている、キャロルとの再会が叶うかどうか。

 1度失敗しているはずなのに、タイエンは懲りていないし、彼女を忘れられてもいない。もちろん、彼女と「結婚する」なんてことは、可能性はこれっぽっちもないのも、分かりきっている。だけど……せめて、思い出の品をこっそり贈るくらいは、許されてもいいのではないか。そうして、タイエンは可能性がないはずの恋路に胸をときめかせては。仕事帰りには生地を選びに行こうと、無謀な心を躍らせ始めていた。

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