深きアメジストの悩み(14)
(意外と手厚い待遇ではないか。何を企んでいるのだ?)
自分が監禁されているのは、見慣れてしまったはずの研究室……ではなく、豪奢な作りの広々とした一室。仄暗い閃光に縛り上げられ、すぐさま心臓を取り上げられて、閉じ込められるのだろうとばかり思っていたが。イノセントが放り込まれたのは、檻の中でも、試験槽の中でもなく……無駄に絢爛豪華な、貴族の居室と思われる空間だった。
(それも当然と言えば、当然か。……今の私は、かつての私とは違う)
確かに、イノセントは「怪しげな馬の仮面をした奴」の拘束銃に捕らえられはした。しかし、彼の拘束銃ではイノセントを捕らえる事こそできても、機能停止まではし得なかったのだ。それもこれも……あの憎たらしい「黒いいけ好かない奴」の手によって、イノセント自身の性能が書き換え済みだからだろう。
イノセントは紛れもなく天空の来訪者であり、コランダムという強力な鉱石を礎としている最強クラスの竜神でもある。だが、そんな彼女も誰かさんにかかれば……一振りの聖剣の側面を併せ持つこととなった。その誰かさん……グリードは自身の力で変容を遂げた相手に、どのような付随効果をもたらすのか、自覚がなかったのかも知れないが。彼の生みの親だろうと思われる、融和の彗星を知る純潔の彗星には、自身の身に起こった変化にはうっすらと心当たりがあった。
(ラウールはこの能力を得るために、相当の「死に際」も処理してきたのだろうな……。さぞ、苦しかったに違いない)
融和の彗星・ハーモナイズ。アレキサンドライトの来訪者であり、特殊な役割を持たされた最大級の竜神。
来訪者のスーパーノヴァは、カケラのそれとは規模も被害も桁が違う。そのため、イノセント達を作り出した古代天竜人達は、来訪者達の後処理をさせるために、融和の彗星という特殊な来訪者を作り出したのだ。彼女は同胞の死を抱えることで性能さえも取り込み、発揮し……具現化することができる。死んでいった仲間の性能を引き継ぐことで、ハーモナイズは同胞の無念と一緒に、仲間達の役割も継続する使命を帯びていた。
だが、彼女と同じ性能を持ち得ているグリードがこの世に存在している時点で、ハーモナイズはどこかで実験材料として利用されたと考える方が、間違いも少ない。……完全無欠な宝石の完成品を作るのには、完璧な核石が必要だ。そして、グリードという「アレキサンドライトの最高傑作」が生み出されている時点で、原料となる完璧な核石……ハーモナイズの心臓が少なくとも1つは消費されたと見ていいだろう。
そして、グリードには間違いなく、ハーモナイズの特性も備わっている。取り込んだ相手の機能を継承し、発揮するために都合の良い形へと作り替えるチカラ。命あるものを、手段として活用するチカラ。彼にとって「都合の良い形」が武器である時点で、随分と物騒だと思わざるを得ないものの。そればかりは、強要されてきた存在意義のせいであり、彼の意思ではない。
だが、グリードがハーモナイズの能力を引き継いでいたおかげで、イノセントは最大の難は辛うじて、逃れたのだ。究極の彗星の最終審判には、無機物でしかない聖剣は含まれない。グリードの手による変質により、アルティメットはジャッジまではとうとう判断し損ねたらしい。だから、イノセントはのうのうと閉じ込められているのだし、新しい首輪も着けられずに放置されている。
(ふん。しかしながら、ラウールは好かん。……私を常々、子供扱いしおってからに)
しかも、1人きりに戻ったら戻ったで……寂しいと思わされるのだから、悔しいではないか。
天空の来訪者として、わざわざ偉そうに振る舞ってきたけれど。本当は彼らとの家族ゴッコの日常が何よりも楽しかったのだと……今更になって、思い知る。プリフィケーションの核石を取り込んで、人の姿を真似してみて。最初はなんて馬鹿なことをしているのだろうと、自分でも思ったりもした。
確かに、人間達は救済するべき相手であって、蹂躙するべき相手ではない。来訪者としての意義を見失ったつもりもないイノセントにしてみれば、古代天竜人の理念を曲げるのは恥ずべきこと。だが、人間は彼女の想像以上に器用で、狡猾で……あっという間に彼女さえをも研究対象とするまでに、文明を発展させていった。それは偏に裏切り行為に違いないが、それでもイノセントは冷静に人間を見つめてきたのだ。
……人間はザックリと、2種類に分類できる。利用する側なのか、される側なのか。支配する側なのか、される側なのか。どんなに時代が降ろうとも、人間はいつもいつも「何かをする側」と「何かをされる側」に分かれては、自前の文明で「格差」を生み出してきた。その格差は経済的なものかも知れないし、場合によっては性別によるものかも知れない。「格差」の中身はその時々で、流動的に変遷していくものの。だが……長い人間達の歴史を見つめてきたイノセントでさえも、完全に「格差」のない人間社会に遭遇することはなかった。
(でも……どうしてだろうな。今となっては、馬鹿げた社会で暮らすのも……とうに、慣れてしまった)
不平等で、不条理で、どこまでも不恰好なこの世界で。いつか夢見た銀河に還る日が遠のいていくのを、自覚していても。……どこまでも無様な日常生活を手放す事こそが、娘もどきには既に苦痛にしかなり得なかった。




