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彗星のアレキサンドライト(7)

 もうすぐ16歳になってしまう。彼女の焦りをジリジリと燻すように、真っ赤な色でルヴィアを染める夕暮れ時。今日も今日とて、ぼんやりとバルコニーで空を見上げては、数日前の出会いを思い出す。

 予告もなしに、突然現れた大泥棒との会話は、昼間の味気ない会話の数倍も楽しいもので……お喋りの相手が彼であればどこか気取らない、ありのままの自分でいられる気がして。あの日以来、ルヴィアはこうしてバルコニーに出てみては、大泥棒・グリードの訪問を待ちわびるようになっていた。


(今日も来てくれないのかしら……)


 そうして悲しげに俯くと、少しだけ肌寒い空気に身を震わせる。それでも何かに縋るように、ルヴィアはもう少し待ってみようとバルコニーに立ち尽くすが……。


「おやおや、随分と寒そうですけど……大丈夫ですか?」

「……!」


 さっきまで、気配すら感じなかったのに。気がつけば、声の主が隣のバルコニーの欄干に腰掛けていた。相変わらず、どこか悪戯っぽい瞳をマスクの奥から覗かせながら、こちらを窺うように首を傾げる大泥棒。しかし……彼の瞳の色にどこか違和感を覚えて、ルヴィアは言葉をうまく探せないでいた。


「どうしました? 俺の顔に何か、付いてます?」

「い、いいえ。ただ……泥棒さんの瞳って……緑だったかな、なんて思いまして」

「あぁ、その事ですか。……実を言えば、俺の瞳は例のアレキサンドライトと同じでしてね。昼間は緑色らしいんですけど、陽が落ちると紫色になるみたいです。それこそ、どういう仕組みかは知りませんけど。……変わるものは変わるんだから、仕方ありませんよね」

「そう、なのですか……」

「あぁ、そうそう。そう言えば。本物のアレキサンドライトの色変わりの方は、きちんと理由があるみたいですよ。今日はそれをお嬢様にも教えてあげようと、やって来ました。……どうです? そのお話しがてら、ちょっと空中散歩でも」

「空中……散歩……?」


 彼の突然の誘いの意味が分からないでいると、いつの間にかルヴィアの目の前に大泥棒の顔がある。そうして嬉しそうに彼女の顔を覗き込んだ後、「失礼」と一言呟き、間髪入れずに彼女を抱き上げた。


「えっ……ちょ、ちょっと待ってください。これは一体……?」

「フフ、もうすぐ夜がやって来ます。さ、しっかり捕まっていて。部屋に閉じ込められたままのお嬢様に、ちょっとだけ()()()()を見せてあげましょう」


 いよいよ嬉しそうにそんな事を嘯くと、ルヴィアを軽々と抱き上げたまま屋根の上に飛び上がり……屋根の上を疾走し始めるグリード。空中散歩とはよく言ったもので、あっという間に屋敷の外に飛び出すと、家々の屋根を伝っては街の大聖堂の釣鐘塔の天辺に辿り着く。そこまでルヴィアを攫ったところで……さっきの話の続きと言わんばかりに、グリードが得意げにアレクサンドライトについて説明し始めた。


「あの宝石は含まれる成分の関係で、色が変わる代物でしてね。色変わりの原因となる成分は、鉄やクロムらしいんですけど、あの宝石に絶妙に含まれているそれらの成分が、受けた光によって輝き方を変えるから……それでアレキサンドライトは色が変わって見えるんだそうです。……ただ、光の種類や加減でそう見えているだけなのに。ただ、俺達の目がそんな風に感じているだけなのに。ただ、ひたすら……それだけの事なのですけどね。……でも、これってとても素敵な事だと、思いませんか? 降り注ぐ光も、それを受け止める俺達の目も……ただの仕組みに過ぎないのに。ここまで綺麗で色鮮やかな世界を見せてくれるのですから」

「えぇ、そうですね。本当に……素敵な事ですね……」


 目の前に広がる美しい光景がぼんやりと滲んで……その景色はまるで、本当に夢を見ているようで。夜はまだやってこないというのに、とろりと温かいまどろみがルヴィアを包み込む。1日の終わりとばかりに太陽が名残惜しそうに沈み切って、元のバルコニーに帰されても尚……夕焼けの中で見つめた夢を、ルヴィアは目を閉じては大事そうに思い浮かべていた。

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