深きアメジストの悩み(11)
「そうじゃったの。まぁ、余もなんとなーく、知ってはいたんじゃがの。だけど……余はエリアHなんて場所、知らんぞ?」
「えっ? だけど、ブランネル様。僕が連れて行かれたのは、その場所だって、ヴァン兄が……」
ヴランヴェルトから早馬でやってきては、早速、ムッシュがヴァンとサムの事情を飲み下すものの。彼らの話にあった「エリアH」……レディ・ニュアジュが子供達を集めていた研究エリアは、ロンバルディア中央病院の持ち主でもあるブランネルさえ、知らない場所だった。
「だとすると……ふぅむ。ミュレットは余に内緒で、そんな場所を作っちゃったのかのぅ。どうして、余に教えてくれなかったんじゃろ」
「……爺様に教えたら、研究エリアの拡充の前に即却下でしょうに。しかし、だとすると……フランシス様は大丈夫なのですかね? 爺様に隠れて、そんな事をしている病院に置いておいたら……」
「あぁ、それは大丈夫じゃないかな。人型に戻っていたのを見ても、きちんと治療はしてもらっているみたいだし、何より……フランシス様は僕に言うことを聞かせるための人質でもあるだろうし」
「……」
困った表情で、首筋を改めて摩りながら……ヴァンが「どうしてそんな仕事をしているのか」についてポツリポツリと話し始める。
キッカケは何気なく助けを求めただけに過ぎなかった。噂話に登る程度の朧げな情報でしかなかったが、カケラを助けてくれる組織があると聞きつけて、がむしゃらに探し回った。そして、Feel like clutching even at straws……藁にもすがる思いだったヴァンはとうとう、インスペクターと呼ばれるカケラの保護者集団の存在を嗅ぎ当てたのだ。しかし……。
「……最初に相談した相手が、とっても悪かった。まぁ、一介のカケラ相手にいきなりトップが対応してくれるなんて、僕も考えていなかったけど。……その時に相談していた相手がブランネル公様だったら、状況は大分変わっていたでしょうね」
ヴァンの相談相手を買って出たレディ・ニュアジュは、最初は真剣に彼の悩みを聞いてくれ、まずは手始めにと延命手段と食い扶持とを稼ぐための設備と技術を与えてくれた。それが融和炉を始めとする、屑石ないし中途半端なカケラの核石を再結晶化させる手段であり、それは後に、ヴァン自身の器用さも相まって贋作師としての生業をも支えることとなる。
「フランシス様は当時から既に、人型を保つためにエメラルドを必要とする状態だったし、イザベルの調子もあまり良くなかった。だから、僕は彼らの延命のために宝石を作り出しては……宝石の出どころさえも知らないフリをして、自分達だけでも助かればなんでもいいなんて、勝手なことも考えていました」
だが、そんなヴァンの甘い考えを打ち砕いたのは、他でもないレディ・ニュアジュだった。きっと、ヴァンの手先の器用さと技術を野放しにしておくのが惜しくなったのだろう。ある日、いつも通りに材料を頂戴と出向いたヴァンを待っていたのは、彼女と配下の研究員達。そして、ヴァンが次に目を覚ました時には……既に彼の首にはアディショナルの枷が埋め込まれた後だった。
「はは……本当に、間抜けで嫌になってしまいますよ。そうして、僕はフランシス様達を助けるためだけじゃなくて、彼女が求める核石生産の手伝いをする羽目になったんです。もちろん、ラウール君がフランシス様の保護を申し出てくれたのは嬉しかったし、王子様ルートであれば大丈夫かなとも思ったんだよ。何せ……ほら、ラウール君も言ってたろ? “白髭の所の回収班はプロ揃いですから”……って」
「そんな事も言いましたっけね。だけど、俺は……」
「うん、分かってる。ラウール君も知らなかったんだよね? レディ・ニュアジュの所業も、裏の顔も。だけど、大丈夫さ。実際にフランシス様は王子様経由の待遇で、相当にいい部屋を用意してもらっているし、彼は僕を働かせるための人質でさえいてくれればいいんだから。それでなくても、フランシス様はエメラルドのカケラだ。……レディ・ニュアジュにしてみれば、材料にすらならないんだろう」
いくら貴重な核石とは言え、フランシスの核石はニュアジュの核石にはどう頑張っても馴染まない。
エメラルドを含む緑柱石がケイ酸塩鉱物なのに対し、長石は複合的な鉱物グループであり、ラブラドライトは三斜晶系鉱物に分類される。自身こそを高めようと躍起になっていたニュアジュにとって、組成そのものが大幅に異なるカケラはお呼びではなかったのだ。




