深きアメジストの悩み(10)
今日は臨時休業なアンティークショップの2階で、店主夫婦とご近所さんとで顔を付き合わせてみても。やっぱり、七光の光源に相談する他ない結論に至った模様。不必要に頑固なラウールも、ヴァンの事情を聞かされては、仕方なしに雇い主を頼ることにしたが……。
「それで、キャロル。白髭はなんと?」
「えぇ……今からそっちに行っちゃうからよろしく、っておっしゃってました」
「……別に、来なくてもいいんですけどね」
ラウールは未だに、ブランネルに素直に甘えられない部分がある。そうして、キャロルに代理の報告業務をお願いしてみたが……やはりと言うか、何と言うか。爺様は必要以上に元気溌溂なのだからと、キャロルの返答にラウールは早速、顔を顰めていた。
「もう、ラウールさんったら。今から、そんなに嫌そうな顔をしないの。すぐにコーヒーを淹れてあげますから、ご機嫌を直してください。それとも、まだお酒が抜けないんですか?」
「い、いや……そういう訳ではないのだけど」
しかし、お嫁さんとしてはお祖父様と旦那様とで仲良くして欲しい魂胆があるらしい。あからさまに飼い主を邪険にし始めた虎猫ちゃんをピシリと嗜めつつ。飴と鞭の使い分けもお上手な猛獣使いが、まずは旦那様の精神安定剤を用意しにキッチンへと入っていく。
「それにしても、ラウール兄さんは凄いや。この国で1番偉い人を、こんなに簡単に呼べるなんて」
「どうでしょうね? それこそ、白髭とは紛れもない腐れ縁ですし。ロンバルディア先王の肩書きがなければ、あれはただの迷惑ジジイでしかありません」
サムの褒め言葉にさえ、疲れたようにフゥ〜っと長めの息を吐いたかと思ったら……余程、精神安定剤が待ちきれないらしい。奥様の後を追うように、健気にコーヒーを頂戴とおねだりに行くラウール。そうして、気の利くことにヴァンとサムの分も、しっかりと持ち帰ってくるが。ロンバルディアの先王を「迷惑ジジイ」と言ってしまえる相手にお給仕させるだなんて……ヴァンとサムからすれば、それこそ恐れ多い。
「いずれにしても、白髭が一声鳴けばマルヴェリアへの出入国は可能でしょう。それに彼には少々、問いたださなければならない事もありますし……ふむ。そうですね。折角ですから、マルヴェリアツアーの案内役にでもなってもらいましょうか」
「……ラウール君。君には本当に自分が凄い自覚、ないのかい?」
「ありませんよ? だって、俺が凄いのではなくて、雑多な意味で白髭が凄いだけでしょうし」
「その雑多な意味で凄い相手を、ここまで軽々しく扱える時点で……君も十分凄いと思うよ」
そうですか? ……と、さも不思議そうに首を傾げつつ、何の気無しにコーヒーを差し出すラウールだったが。その無自覚が何よりも恐ろしいし、ラウールの不遜加減は変わらないのだと苦笑いしてしまうヴァン。そんなヴァンの隣で同じようにコーヒーを受け取りつつ、上る湯気の香りに、何かを思い出したらしい。「あっ」と小さく声を上げ、サムが腰に下げたオーモニエールから焼き菓子の包みを取り出した。
「そう言えば、ゴーフル屋さんでイノセントにお土産をもらったんだった……。ついでに、親御さんには誘拐されないように気をつけろと伝えておいて……なんて、言われたんだけど……」
「当のイノセントは誘拐された後ですしね。今となっては、そのご忠告も虚しいだけです。それにしても……そう。あの子はお土産を貰えるまでに、こちら側の世界に馴染んでいたのですね。でしたら……本当に面倒ですけど。保護者として、きちんと連れ戻さなければなりませんか。どちらにせよ、ゴーフルはサムが食べてしまっていいと思いますよ。……どれ、ちょっと貸して」
「うん……」
温め直した方がいいでしょう……なんて、やっぱりどこか似合わない気遣いを見せながら。いつの間にか飲み干した空のカップと預かったゴーフルとをぶら下げて、ラウールがもう1度キッチンに引っ込む。いつになく、妙に親身な王子様の背中を見送っては、相談ついでに全てを白状するかと……ヴァンはコーヒーを有り難く啜っていた。




