深きアメジストの悩み(7)
まさか、彼らの言う王様がもう1人、いたなんて。しかも、ヴァンが王様だと思っていたアレンはどうやら……本当の王様ではないらしい。
粛々とフランシスが新しい登場人物の名前を口にするものだから、ヴァンはますます混乱してしまうものの。新顔の王様に関しては、それこそ知り合いの王子様にも相談してみるかと、フランシスの証言の続きに耳を傾ける。
療養ついでに聡い耳で噂を聞き齧り、勘も鋭いデビルハンターが導き出した答え。彼らの噂に登る風景の特徴から、研究員の一部が自身と同じ故郷の景色を見ていたのだろうと、フランシスは嘆息しながら答える。そして、彼が不本意ながら本当の故郷だと白状したのは……。
「マルヴェリア王国……って、あの永世中立国の?」
「そうだな。マルヴェリアは今も昔も紛れもない、永世中立国……おそらく、現国王の穏やかな様子を聞いていても、根本的な体質は変わっていないだろう。だが、マルヴェリアの領土内に研究施設が全くないのかと聞かれれば……答えは否、だろうな」
何せ、マルヴェリアのお隣は血気盛んな旧・シェルドゥラである。事実上は瓦解しているとは言え、知識や研究成果が国境を越えて飛び火するのは、往々にして考えられる事でもあるだろう。
それでなくても、マルヴェリアの国王はロンバルディアのブランネル公に負けず劣らず、鳩派の穏やかな国王ばかりが即位してきた。国王の柔和な気質があるからこそ、マルヴェリアは永世中立国として、世界中から認められてきた部分もあるのだが……平和ボケ加減は、ロンバルディア以上だと言っていいのかもしれない。密かに内部で危機感を募らせる者がいても、不思議ではないだろう。
「国王がその調子だからな。代わりに家臣なり、参謀なりが国防に神経をすり減らすのも、無理はない」
「……要するに、王様が知らなくても、家来が色々と手を染めているかもしれない……と?」
「そこまでは分からんが……かつて、私が生まれた時のマルヴェリアは家臣ばかりがピリピリしていたのを、未だによく覚えているよ。まぁ、当時は私の生みの親だった豊穣の彗星もまだまだ、元気だったし……来訪者と人間とが手を取り合って、割合、平和に暮らしてはいたのだが」
「……」
かつてのマルヴェリアは2人の来訪者の力によって、豊穣な大地と、潤沢な鉱山とに恵まれていた。しかし、人間とオリジンの仲は良くとも、2人のオリジンは生憎と相性が悪かったらしい。当時のマルヴェリアでは、フランシスを生み出したベリルの来訪者・豊穣の彗星と啀み合うように、ベニトの来訪者・慈悲の彗星が山の上で塒を巻いていた。そして……。
「……豊穣の彗星が慈悲の彗星に負けたのだ。無論、彼らは私達よりも高等な神の遣い。その争いは非常に穏やかなもので……有り体に言えば、豊穣の彗星が慈悲の彗星にマルヴェリアを譲ったとするのが、正しいだろうな。だが、非常に悪い事に……豊穣の彗星はあまりに律儀な性格過ぎた。彼を慕うマルヴェリアの民のため、心臓の1つを消費し……広大なエメラルド鉱床を去り際に残していったのだ。だが……」
それが原因で、弱っていた豊穣の彗星は落ち延びた先の帝国で新しいタイプの人間に捕まり、フランシスのようなカケラを無作為に生み出すための原料として扱われる羽目になった。しかし、作り手が野蛮なら、作られたカケラ達も彼らに擬えるように野蛮で……フランシスとエリザベートのような、オリジンに近しいカケラには程遠い存在でしかない。
「それでも、普通の人間にしてみれば、カケラの力は驚異的だ。豊穣の彗星を捕らえたのが、非常に良くないことに……当時、ロンバルディアと大陸を二分していた帝国でな。そして、オルヌカンへの侵攻を目論んでいた大コルティア帝国……現代のスコルティアの兵力は、カケラ開発の研究が担っていた部分も大きかったんだよ」
その後は知っての通り、オルヌカンを守るため同族狩りに手を染めたのだと……そこまで話したところで、脱線が過ぎてしまったと、フランシスが詫びる。
結局、大コルティア帝国の侵攻はフランシスの尽力以上に、メベラス山脈に古くから居座っていた別の来訪者の特殊能力によって、呆気なく沈静化されたらしい。そして、その来訪者の忘れ形見があのコルテス城を包み込んでいたラベンダー畑だったとフランシスは脱線した与太話を結ぶが。だとすると……。
「そういう事、でしたか。かつての帝国の狂気を宥めたのは……」
「あぁ、そうだよ。……黄昏の彗星と呼ばれる、アメトリンの来訪者の清らかな芳香だった」




