深きアメジストの悩み(6)
(イノセントちゃんが居るのは、どの辺りだろうな……? やっぱり、奥のフロア……だよなぁ、きっと)
ラウールがヴァンについて「思いつきで行動してしまう部分がある」と懸念している、その頃。ヴァンはラウールの予想を裏切って……という訳ではないが、1人で無理をしないにも、それなりの無茶をしては情報収集に勤しんでいた。しかし、情報収集はどうしても最低限になりそうだと……ヴァンは自分の不甲斐なさに、ため息を吐く。
何せ、ヴァンは最奥まで潜入できる資格は持たされていない。研究施設の一般フロアへは立ち入ることはできても、その先……厳重警戒区域でもある、研究所の中枢へ入り込むには特別なカードキーが必要なのだ。そして、それを所持しているのは……。
(指定の研究員以外はレディ・ニュアジュと、そのボスでもあるホワイトムッシュ、そして……)
あぁ、確か騎士団長も持っていたっけ?
そんな事を考えながら……ニュアジュ以外のメンバーは恐れ多すぎると、やれやれと首を振る。ここでラウールに相談できれば、如何様にもできたのかも知れないが。相談と白状は最低限の情報を持ち帰ってからだと、お見舞いを装いつつ歩みを進める事に決めると、フランシスの部屋を訪れる。
(こんな事をしている場合でもないけど……もしかしたら、フランシス様なら何か気づいているかも)
フランシス、正式名称は緑柱石ナンバー2。非常に脆いはずのエメラルドのカケラにあって……自身の信念と類稀なる戦闘センスを遺憾無く発揮しては、同類狩りに従事してきた凄腕のデビル・ハンター。彼の正確な年齢は不明だが。原初のカケラに近しい人物であり、少なくとも約900年前から、彼らの救済の地であったオルヌカンを守るため、世界の裏側で汚れ仕事をこなしてきた。
エメラルドは硬度こそ、それなりにあるが。鉱物の性質上、内包物やクラックが多く、幅広い劈開性も持ち合わせる。故に……彼がここまで長きに亘って生き延びてきたのには、彼自身の直感と本能の賜物だと判断しても、間違いはないだろう。
「フランシス様、いますか?」
「……おや、ヴァン。お陰様で、元気だよ。この調子なら、もう少しでオルヌカンに帰れるかもしれん」
「そう、ですか」
幸いにも、フランシスの瞳には手酷いクラックは残っていない。しかしながら、実直で忠義にも厚いフランシスは未だに、オルヌカンに帰還する事を諦めていない。緑色の瞳を穏やかに翳らせながら、きっと自身が故郷と定めた地に思いを馳せたのだろう。フランシスがホゥと退屈そうに息を吐く。そして、緩やかな一呼吸を置いた後……見透かすように、ヴァンが悩みを抱えていることも見抜いてくるのだから、敵わない。……この直感の鋭さこそが、彼をここまで生き残らせた最大の強みでもあった。
「……ところで、ヴァン。お前は、何だか元気がないな? ……どうした? 何か、あったのか?」
「ハハ。流石、フランシス様。……僕の悩みを見抜くのも、お手の物と言ったところでしょうか?」
そうして、ヴァンは周囲に人の目や気配はないかを入念に確認した後に……フランシスに、とある竜神様について、何か知らないかを聞いてみる。どんなに些細な情報でも、いい。出どころが頼りない噂話でも、構わない。
懇々と……それでいて、密やかに。事情と状況をヴァンが説明すれば。まるで自分の事のように困惑の表情を見せつつ、フランシスが意外な事を教えてくれる。
「そうだな……昨晩に、大きな貨物が届いたと、大騒ぎになっていたな。中身は流石に分からんが……もしかしたら、それがお前の言う竜神様だったのかも知れん」
「では、彼女は今もここに?」
「いや。きっと……ここにはもう、居ないだろうな」
「えっ……?」
フランシスのいる研究病棟は、地下2階。そして、最奥の研究所中枢へ進むには地下2階のエントランスから伸びる病室フロアを通過しなければならない。しかも、この地下2階の病室フロアでさえも、一応は許可された身内にしか、侵入と面会は許されていない。更に地下深くにあるらしい中枢エリアへの搬入ルートが他にない以上、カケラとしても性質が安定しており、高性能なフランシスの耳が彼女の搬入時の雑音を聞きそびれるはずもないだろう。しかも……。
「……おそらく、その事に関係があるのだろうな。今朝、ここの職員が王様への献上品の準備ができたと、噂しているのを耳にした。もし、その献上品とやらが竜神様のことだった場合……」
「行き先はロンバルディア王宮、でしょうか?」
「うむ? なぜ、そこでロンバルディア王宮が出てくる?」
「えっ?」
王様への献上品。来訪者相手に、あまりに思い上がった言い様だと、思うものの。ヴァンとしては、そのキーワードからするに、彼らの王様……アレンの元にイノセントが運ばれるとばかり、思っていたのだが。どうやら、それはあくまでヴァンが知り得る情報だけで勘違いしただけの、滑稽な誤認識だったようだ。




