深きアメジストの悩み(5)
【どうした? ラウール。いつもイジョウにブキミなカオをして】
「……これは地顔ですよ。不気味で悪かったですね、不気味で」
痛みも今ひとつスッキリしない頭で、サムが語った登場人物の名前に思いを巡らせるラウール。彼の話からするに、彼女はサムの心臓に埋まっている核石と同じものを量産しようとしていたらしい。ニュアジュ、意味としては「雲」ではあるが……と、そこまで考えて、異国の言葉で同じような意味の名前を持つ人物に思い当たる。まさか、サムの言うレディ・ニュアジュというのは……。
「……サム。そのレディ・ニュアジュですけれど。もしかして、ややお年を召した淑女だったりしましたか?」
「えっ? うん……そうかも知れない。何となくだけど、40歳以上には見えたかも」
「そう。……では、彼女の外観ですけれど。髪の毛はパープルグレイ。それで、瞳は黒に近いグレーの中に、虹色にも見える輝き方をしていませんでしたか?」
「どうして、ラウール兄さん……そこまで知っているの? もしかして、兄さんも……」
あの人の仲間だったの? ……と、サムが言いかけたところで、違うと掌を向けて言葉を遮るラウール。そうして、非常に都合もよろしくない相手が敵だったと気付かされて……深々と、改めてため息をつく。
「……なるほど。そういう事でしたか。ミュレット先生が、スパイだった可能性が高そうですね」
「ミュレット……?」
「ラウールさんや私がお世話になった、宝石鑑定士アカデミアの副学園長先生ですよ。そして、確か……」
「えぇ。白髭の補佐役でもあり、彼がヴランヴェルトにいる間の秘書兼・ボディガードでもあります。カケラとしての生存年数も長く、女性のカケラでは最長齢だったかと」
ミュレットは旧・マルヴァニア語で「曇り空」を意味する言葉である。そんな名前を後生大事に名乗っているとなると、彼女はそれなりに出生地に思い入れがあるのかも知れない。そうして、ラウール達が知る「ミュレット先生」は本当に謎だらけの淑女だったと、今更ながらに思い至る。
ヴェーラと同じ境遇で保護されたと聞かされていたものだから、てっきり彼女も旧・シェルドゥラ出身だと思っていたが。しかし、彼女の正確な出身地は不明だとされている。
そもそも、カケラ達は自分の生産地を覚えていないことが多いし、彼らにとって故郷は素敵な思い出の場所にはなり得ない。何せ……多少の規模や景色の違いはあれ、彼らが生み出されるのは大抵、なんらかの研究施設。生まれた瞬間から用途に関わらず、カケラは例外なく「人であって人ならざるもの」として扱われ、戦闘用であろうが、愛玩用であろうが。……いずれも自我さえも翻弄され、彼らが「生きている」現実は無視されるのが常だ。そんな場所を故郷だと……懐かしむ神経を持ち得ているカケラを、ラウールは未だに知らないし、絶対に居ないとまで言い切る自信もある。
彼らが「生み出される背景」を考えれば、カケラの出生地は「不明」であることの方が自然なのだ。忌まわしい過去、忘れたい出自。辛いこと、悲しいことを凝縮したような故郷を思い出として抱えてみたところで、不安材料にしかならない。そして、その不安は確実に彼らの寿命と精神とを蝕んでいく。
だからこそ、ミュレットの出身地が不明のままでも問題になることもなかったし、本人も「相当に昔の事だから、忘れてしまった」と嘯いていた。しかし、名前から察するに……ミュレットはシェルドゥラのお隣・マルヴェリア王国の出身なのだろうことは、想像に難くない。
「あれこれ考える前に……すぐにロンバルディア王立病院へ向かった方が良さそうですね。仕方ありません。今日は臨時休業にしてしまいましょ」
「そうですね。サム君も一緒に来てくれますか?」
「……うん。もちろん、行くよ。……イノセントも助けてあげたいし、何より……」
【ヴァンもシンパイだな。ヴァンがどんなヨワミをニギられているのかは、シらないが。……ヒトリでデかけたジテンで、ソウトウにカクゴもしているんだろう】
覚悟……か。それは果たして、いつに出来上がった覚悟なんだろうかと、ジェームズの言葉を反芻しては……ラウールはさも情けないと首を振ってしまう。きっと、彼はここに引っ越してきた時から相当に悩んでいたのだろう。でなければ、融和炉の前で今にも泣きそうな顔をしたりはしないだろうし、それを気取らせまいと陽気に振る舞ったりもしないだろう。そう……彼は、最終的には誰も巻き込まない方向で、たった1人で覚悟してしまったのだ。
(……少しくらい、相談してくれても良かったでしょうに。……ご近所さんのお悩みくらいは、聞いてやってもよかったんですけど)
ヴァンは核石の性質からしても、気質からしても相当にお人好しなだけの隣人だと思っていた。性質量こそ80%を保持するまでに至ったようだが、本人も言っていたように……アメトリンの能力は決して、戦闘向きではない。ややもすると、ラウールと同じように「そちら方面」の訓練を刷り込まれれば、それなりの運用はできるのかも知れないが。それはできなくていいし、できない方がいい。
通常仕様であれば、戦闘能力が皆無のアメトリンがたった1人で乗り込んだところで、イノセントを助けられるとも思えない。そして、彼がその辺りを考えているかどうかが不透明すぎるのが、ラウールは非常に不安だ。
(ヴァン様はあれで、思いつきで行動してしまう部分がありますからね……。無茶していないと、良いのですけど)




